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翼に夢描き大空へ

本紙掲載日:2018-08-15
8面
飛行機を作る子どもたち
優勝した小野君

後藤勇吉生誕122メモリアル飛行大会

 民間航空界の草分け、後藤勇吉(明治29〜昭和3年)=延岡市出身=にちなむ「後藤勇吉生誕122メモリアル飛行大会」が11日、同市の大武体育館で開かれた。主に市内在住の幼児から小学6年生まで46人が参加し、自分の夢を翼に書いた模型飛行機を飛ばして、滞空時間を競った。

 子どもの頃の夢をかなえて飛行士になった勇吉に倣い、夢を持つことや夢を実現するための行動の大切さを感じてもらおうと、同氏の顕彰会(上野剛会長)が延岡青年会議所(高橋忠司理事長)の協力で毎年開いている。

 飛ばしたのは、ゴム動力式のプロペラ飛行機(全長35・5センチ、翼の幅34・8センチ)。延岡ラジコンクラブ島崎一さんの指導で1人1機ずつ作り、勇吉生誕からの年数と同じ122回ゴムをねじって飛ばした。

 飛ばす手に力が入ってしまい急降下する機が多い中、大きく弧を描いて飛び、滑らかに着地する機もあり、感嘆の拍手が起こった。高く上がりすぎて天井の器具に引っ掛かってしまった機もあった。

 予選を2回行い、上位10人で決勝戦。尚学館小3年の小野遼太君(9)が滞空時間8秒44で優勝した。小野君は「最初はあまり飛ばなかったけど、だんだん上手に飛ばせるようになった。決勝は緊張したけど長く飛んでうれしかった。将来の夢はJリーガー」と話した。

 また、模型飛行機作りに先立ち、同市出身の航空自衛隊員立元祐吉さん(41)=宮崎市在住=の講演もあった。「夢の見つけ方」を演題に、立元さん自身がパイロットになるまでの経緯を話し、子どもたちにも夢を持ってほしいと呼び掛けた。

 後藤勇吉は明治29(1896)年11月12日、延岡市南町生まれ。大正10(1921)年に制定された航空法に基づく第1号の1等飛行機操縦士となり、翌年に国内初の旅客輸送、同13年に日本一周飛行成功、同15年に日中間の航空路線開拓、昭和2(1927)年に生鮮農産物空輸など多くの功績を挙げた。翌3年2月29日に満31歳で亡くなった。

 入賞者は次の通り。

‐野遼太8秒44大田瑚次郎7秒475彿歸勅軍ぃ敬達械鵜つ邑儀病寸局達牽賢ダ邯桐亀6秒00▽敢闘賞=高橋萌乃香▽努力賞=松崎比呂▽後藤勇吉賞=十亀寛九郎▽理事長賞=小野日響▽立元祐吉賞=鴨林湊


手作りした模型飛行機を飛ばす子どもたち
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