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出北村の古文書、延岡市に寄贈

本紙掲載日:2017-12-13
3面
寄贈された出北村の文書。「安政3歳(1856年)御用日記」などの題が見られる。下の古新聞の包みの中に「田畑高割帳」が入っていた
徳田昭三さん

資料的価値高い24冊−南一ケ岡徳田さん

◆江戸期の田畑高割帳など

 江戸時代の出北村(延岡市出北町)に関する古文書が、延岡市にこのほど寄贈された。岩熊井堰(せき)が完成した享保19(1734)年から、明治と改元される慶応4(1868)年1月までの24冊。井堰が完成した年の「田畑高割帳」や、幕末に庄屋と延岡藩との間で交わされた往復文書をつづった「御用日記」などが含まれており、資料的価値が高いと考えられる。

 寄贈したのは、同市南一ケ岡の元小学校校長、徳田昭三さん(89)。代用教員だった昭和23年ごろ、岩熊井堰の近代化に関わった土肥静夫さんから託され、保管していた。徳田さん方は同51年まで下三輪町にあり、父の彦太郎さんが井堰の水門の管理者を務めていたことから、静夫さんのほか、土肥清三郎・岩熊井堰土地改良区理事長、山本七郎・同理事ら関係者が家によく来ていたという。

 同市文化課によると24冊の内訳は、「田畑高割帳」2冊▽「御用日記」16冊▽年貢と村の諸経費の徴収額を示した「割賦帳」4冊▽年貢や諸経費の割り付け額を土地・田畑の所有者別にまとめ直した「人別高帳」1冊▽村内への通知文書などのつづり1冊。

 「田畑高割帳」の2冊にはそれぞれ「三冊之内壱番」(3冊のうち1番)「三冊之内弐番」(同2番)との表記があった。市立図書館に収められている「出北文書」の中には、同じく享保19年の「田畑高割帳三の三番」と題した史料があり、出自が同じ可能性が高いという。

 「3冊がそろったと考えられ、興味深い。岩熊井堰の直接的な史料ではないが、出北用水が通った後の村の様子が分かるかもしれない」と増田豪学芸員。

 また、まとまって残っている「御用日記」からは「明治大学博物館所蔵の内藤家文書からはうかがえない、幕末期の延岡藩の村落支配の諸相や、村落の実態が見られる可能性がある」といい、「今後、調査研究資料として活用したい」としている。

 徳田さんは「年齢的に身辺整理をしておかなくてはと、家の片付けをしていて見つけ、記憶がよみがえった。家や私物の研究資料がシロアリにやられたこともあったので、無事でいてくれてよかったと思う。何かに活用されれば最高の喜び」と話した。

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