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旭化成入社50周年の同期会

本紙掲載日:2016-10-22
8面
伊藤一郎さん

昭和41年組−懐かしい延岡で開催

 昭和41(1966)年4月に旭化成工業(当時)に入社した今年72歳から74歳前後の20人が16日、延岡市で入社50周年同期会を開催、久しぶりの延岡で旧交を温めた。中には、「入社以来、50年ぶり」という出席者もおり、社会人としてスタートを切った青春の地、延岡を懐かしんだ。当時、採用担当だった岡野徹さん、延岡市長の首藤正治さん、延岡観光協会会長の谷平興二さんらが招かれて出席した。

 この年の入社組は168人。岡野さんによると、前年の200人に次ぐ大量入社だった。入社研修で1カ月半を全員が延岡で過ごし各地へ配属された。「研修では、レーヨンの寮に寝泊まりし、夜は酔っ払って戻り、朝早く起こされてランニングをさせられた」という。

 司会進行役の幹事・高橋忠彦さんは冒頭「この年は、ビートルズの日本公演。市長だった折小野良一さんが衆議員議員出馬のため退任し、市長が房野博さんに代わった年でした」と振り返った。

 乾杯の後、自己紹介があり、それぞれ現況や思い出を語った。

 「50年ぶりです。ホテルの自転車を借りてレーヨン工場の周りを回りましたが、ものすごく変わっていました」「会場に来るまで、なつかしくてあちこちを歩いてみました」「百名山のエージシュートをしようと思っており、きのう、祖母山に登りました。それで74座、達成しました」

 延岡など国内、海外勤務とそれぞれ要職を務め、会社に大きな貢献した人ばかり。今回は20人しか集まらなかったが、次はもっと多くの同期生が来るよう呼び掛けたいと話していた。

◆後輩に記憶人口論を解説−岡野さん

 昭和41年ごろはナイロン不況のさなか。業界大手は採用を控えた時代だった。このころ「旭化成は学生の就職人気ランキングの7番目ぐらい」という。あいさつに立った岡野さんは「東レ、帝人が採用を止め、旭化成もやめたらと思案していたが、『こんな時に入れないでどうしますか』という私の意見が通って大人数の採用になった。もし、私の熱意がなかったら、皆さんはここにはいなかった。いわば恩人」とユーモアたっぷりに話し、会場を和ませた。

 自説の記憶人口論を紹介。「こうした行事はとても大切なんです。定住人口、交流人口と人口の考え方はこの二つがよく言われますが、その土地に記憶を持っている人たち、第3の人口があります。こういう人たちを地方は大切に囲い込むことが大切です。ただ、なつかしいといった情的な感情だけでなく、そのまちに魅力がないとこれはだめです。延岡ですと、世界に一つしかないベンベルグだったり、産業も大切な魅力になる」と後輩たちに持論を説明していた。

◆東京から延岡まで22時間−旭化成会長・伊藤さん当時の思い出

 乾杯の音頭は、現旭化成取締役会長の伊藤一郎さん。伊藤さんは、「昨年はいろいろ皆さんにも(くい打ち問題で)心配をお掛けしました。(記者会見などがあった昨年10月後の)11月に『旭陽会の活動はどうしようか』という相談がありました。なにしろ一件落着まではやっぱり自粛しなければならない。しかし、スポーツだけはやってよろしいと言いました。そうしないと、リオ五輪で柔道はメダルを三つ取りましたが、あの時点で活動を自粛してしまうと、スポーツ界に迷惑を掛けることになる」「いろいろありましたけど旭化成は大丈夫です。(延岡のことをいえば)国内でできる仕事は国内でやるという考え方があります。延岡は当社が一番お世話になっている発祥の地です。入社式は今でも延岡で開催しており、旭化成もグループの後輩たちが盛り上げてくれると確信しています」

 そして50年前を振り返って「入社して東京から(列車で)22時間をかけて来まして、これはえらいなところに来たなと思いました。しかし、1週間もしたらなかなかいいところだなと思いました」と振り返っていた。



入社50周年同期会の出席者。延岡在住の人もいるが、中には入社研修以来という参加者も

近況をそれぞれに報告。「元気なうちにまた会を」の声も出ていた
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