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夢の五輪出場−力出し切りメダルを

本紙掲載日:2016-06-16
3面
練習に取り組む羽賀選手
試合形式の練習で寝技に持ち込む永瀬選手

柔道合宿−旭化成2選手が抱負

 五輪王者を目指し延岡市で合宿を行う日本代表6選手。旭化成の羽賀龍之介選手(25)=延岡市出身=と永瀬貴規選手(22)=長崎市出身=は15日、同市の旭化成柔道場で報道陣の取材に応じた。羽賀選手は「小さい頃からの夢。プレッシャーや不安より、それ以上の思いがある」。永瀬選手は「昔から憧れていた大会。未知の世界だが、力を出し切れば優勝できる」。初の五輪へ意気込みを語った。

◆父の思い重ね内またで−100キロ級・羽賀龍之介選手

 「父は国内2番手で五輪に出られなかったと聞いた。その分、自分に懸けている思いはあると思う」―。2代続けて旭化成柔道部員、羽賀龍之介選手は父善夫さんの思いを背負い、父子相伝の内またで五輪王者を目指す。

 当時延岡勤務だった善夫さんの次男として延岡に生まれ、5歳まで過ごした。2年前の入社会見では「この宮崎の地で生まれ、父親もOB。旭化成は憧れだった」。学生時代の左肩の故障、手術を乗り越え、もう一つの憧れの舞台「五輪」の切符を勝ち取った。

 幼少期から父の指導を受け、身に付けてきた内またが最大の武器。「父のビデオ映像を見返しても、本当に似ている」という得意技は今、10を超えるパターンがあり、昨年の世界王者にも導いた。

 羽賀の内または世界中から研究、マークを受ける。「費やした時間が違い、こだわりはあるが、こだわりすぎるのは良くない」と冷静にも見ている。

 3月に左膝の靱帯(じんたい)を故障。最終選考会の全日本選抜体重別を欠場したが、実績から五輪に選ばれた。「出ないで選ばれたことに納得いかない人もいると思う。絶対にリオで結果を出す」と意気込む。

 その膝は順調に回復しており、2週間ほど前から本格的に練習に復帰。この日の練習では、首をひねる場面もあったが、井上監督も「非常に勘が鋭い選手。回復したばかりの練習を見たときにもさすがと思った」と心配はしていない。

 「実戦から離れて不安はあるが、受け入れてやっていくしかない。小さい頃からの夢、五輪は結果を残すことだけ求められる場所で、結果でこれまで応援してくれた人に恩返しができる。今は一日一日、必死です」と前のみを見据えた。


◆受けの強さと多彩な攻め−81キロ級・永瀬貴規選手

 81キロ級の永瀬貴規選手は試合形式の練習でも持ち味の受けの強さや、バリエーションに富んだ攻めを披露。井上監督は「他にはない独特な彼自身の柔道を持っている。相手の力がすべて吸収されるような、その中でいきなり力強い技が打たれるような」と表現した。

 長い手足を生かした組み手と、考えて身に付けた「受け」で負けない柔道が最大の持ち味。昨年の世界王者として臨む初めての五輪。「研究された上でも勝ち続ける実力を付けたい」。井上監督が期待を込めたコメントと、同じ言葉を語った。

 最大の転機と語るのが、14年8月の世界選手権。5位に終わり、表彰式を見詰めながら、井上監督から「来年はお前があそこに立つ。でもそんな簡単じゃないぞ」と声を掛けられた。

 「このままじゃ勝てないと思い知らされた。技術的な部分もだが、気持ちの中で『これぐらいで勝てる』という甘い考えがあった。試合、練習に対する考え方が変わった」

 「世界で勝つために、練習する。ただ単に本数をこなすのではなく、自分が強くなるためにとさらに考えた。優勝した後、自分がやってきたことが間違いじゃないと思い、さらに五輪で勝つためにという思いも増した」

 4月に旭化成に入社し、中村兼三監督からは得意としていた寝技の指導を受け、「寝技で勝つ試合も増え、幅も広がった」という。
「五輪は未知の世界だが、どんな大会でも自分のやるべきことを試合でやるだけ。自分の力を出し切れば勝てる。それしか考えていない」と力を込めた。

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