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倒れた家屋、がれき散乱−益城町ルポ

本紙掲載日:2016-04-16
2面
将棋倒しのように倒壊した路地沿いの建物
土台ごと崩落した建物
古い木造家屋の倒壊が目立った
倒壊したブロック塀や傾いた建物などが至るところで見られた
段差が生じた橋で男の子の水を運んであげる消防団員
車を下敷きにして倒壊した建物
1階部分がつぶれた建物
親子2人が亡くなった倒壊現場
折れて崩落した石碑

15日、熊本地震−延岡で勤務経験・萱野さん「つき上げられるようだった」

 「平成28年熊本地震」と名付けられた14日の大地震で最大震度7を観測した熊本県益城町は、住宅が密集する中心部に被害が集中した。15日、現地に入った本紙記者によると、住宅や商店が立ち並ぶ市街地では、道路はひび割れ、多くの家が傾くなど、家屋の倒壊がいたる所で見られ、惨たんたるありさまだった。

 益城町の中心部。道路の両側には窓枠や扉ごと落下して割れたガラスの破片や屋根瓦、崩れ落ちたブロック塀などが散乱。停電で信号機は止まり、がれきや通行人を避けるように走行する乗用車や緊急車両で道路は混雑が続いた。

 ほこりっぽい町の中は所々でサイレンの音や発電機のモーター音、給水の案内をする屋外放送、作業確認や無事を確認し合う住民の声などが入り交じるように響いていた。

 町中心部は緩やかな斜面に住宅が密集。激しい被害は寺迫―木山―安永―馬水と隣接する地区に帯状に発生していた。細い路地の両脇で将棋倒しのように倒壊した家屋、地面から浮き上がった電柱やマンホールなどが揺れの激しさを物語っていた。

 寺迫地区の島田靖枝さん(60)方は最初の大揺れで「家が後ろにひっくり返った」。帰りの遅い息子のために食事の用意をしていた島田さんは激震で倒れてきた冷蔵庫と壁に挟まれ、身動きができなくなった。

 真っ暗な中、大声を出して息子と夫の無事を確認。やっと隙間から体をねじり出すと、家の中にいたはずが「見上げたら星空が広がっていて泣きそうになった」。近所を見渡すと「何だか全体が低くなったように見えた」。夜が明けると一帯の建物は1階がつぶれたり、土台が崩れていた。

 木山地区の萱野保代さん(70)は居間でテレビを見ていた時、前触れもなしに「地面から突き上げられた」ような揺れに襲われ、テレビが飛ぶように倒れた。一瞬で停電し、暗闇の中で戸棚や食器棚、ふすま、仏壇など「あらゆる物が倒れる音を聞いた」。

 台所にいた妻の無事を確認すると、携帯電話の明かりを頼りに外へ避難。強い余震が続き、家具なども倒れていたため「家の中にはいられなかった」。身を寄せた近くの文化会館駐車場には近所から50人ほどの住民が集まった。

 しばらくすると町役場からブルーシート、自衛隊から毛布が届けられ、多くの人が駐車場で夜を明かした。「(通電した時)火事になる」と聞いて、慌てて自宅に帰り、ブレーカーを落とし、ガスの元栓を閉めた。

 倒壊した家屋の下敷きになった人もいて、消防や住民による安否確認や救出作業が続けられた。知人の娘の高校生は入浴中に、浴室がある1階部分がつぶれたが、地震発生から4時間ほどして無事に救助された。近くのすし店を営む93歳の母親と63歳の息子はつぶれた自宅から遺体で発見された。

 萱野さんは昭和43年4月1日、当時勤務していた延岡市で震度5の地震を体験。「怖いと思っていたが、あんなのとは全然違った。揺れるんではなくて突き上げられるようだった」と振り返った。ライフラインはすべて途絶。「トイレが困る」と話している。

 隣町の熊本市東区から自転車で益城町に来ていた高校生の津川卓也さん(18)は、「一人でアパート2階の自宅にいたら地震が来て、家中の物が全部倒れた」。一夜明けて被害状況を見て回ったが、「ここが一番ひどい」と驚いていた。

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