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井堰と道を礎に発展、先人に感謝(2)

本紙掲載日:2021-01-30
7面

延岡市出北、惣領町、長浜町、卸本町、浜砂、東浜砂町

◆光り、望み、誇りあれ−延岡中74年の歴史浜砂1丁目

 市立延岡中学校は1947年5月8日、学制改革による新制中学校として、安賀多国民学校を転用し開校した。

 開校当初は延岡、恒富、岡富、南、方財、東、宇和田の七つの小学校区域の生徒が在籍。多い時は1学年20学級を超えていたという。

 48年に南中、49年に岡富中が新設されたことで生徒が分離。61年11月には西分校が落成し、西小区域の生徒が分離した。同分校は62年9月、恒富中として開校独立した。

 校歌は下田敏・初代校長が作詞し、園山民平作曲。3番まであり、「ひかりひかり」「のぞみのぞみ」「ほこりほこり」でそれぞれ始まり、校訓には「ひかり光輝く生徒であれ」「のぞみ望み大きな生徒であれ」「ほこり誇り高き生徒であれ」が掲げられている。

 また、安賀多国民学校時代、45年6月29日の延岡大空襲で、校舎の消火に当たっていた栗田彰子先生が焼夷(しょうい)弾を受けて殉職。延岡中では毎年6月29日に慰霊祭を開いている。

 栗田先生はカナダ・バンクーバー生まれ。日本語教師になることを目指して母の郷里の延岡に来ていた。同中とバンクーバー日本語学校は79年から姉妹校。


◆多様な業種で団地活性化−延岡卸商業センター卸本町

 「協同組合延岡卸商業センター」は1963年、任意の「延岡卸商組合」発足が始まり。交通量の急激な増加を背景に、街中に点在していた卸売業者が、効率を高めることなどを目的に集団化を計画した。

 試行錯誤の後、建設予定地を現在地に定め、68年に協同組合創立総会を開催。組合員数21社で「協同組合延岡卸商業センター」としての第一歩を踏み出した。76年4月、補完団地の完成で会社移転が完了。東九州初の「卸団地」が完成した。

 4次にわたる補完事業によって、目標としていた集団化事業が完了した83年には、最多の28社まで増加。団地内の運動会を開くなどにぎわったが、時代とともに減少し現在は組合員13社、賛助組合員12社となった。

 近年は卸売業に限らず、教育や食品加工業、病院、コンビニなどさまざまな業種の企業や店舗が賛助会員として参加、多様化している。さらに昨夏、飲食店2店舗がオープン。今後も開発が進む予定だ。

 2018年10月に創立50周年を迎えた。市園清貴理事長は、「国道10号に隣接する恵まれた環境で、多くの人に支えられてきた」と振り返る。「異業種の集まりだが絆が強く、今につながっている。団地全体が家族のよう」

 今後に向けては「日頃から切磋琢磨(せっさたくま)し、明るく活気ある団地を目指す。まずは各自が魅力ある企業を目指し、地域の経済発展に貢献していきたい」と語った。


【若宮水神社】(出北5丁目)
出北第6街区公園(野村病院前)の一角にある。岩熊井堰を建設した先人を尊び、五穀豊穣(ほうじょう)を祈って、地元有志が守り続けている。


【浜砂神社】(浜砂2丁目)
1796年、延岡内藤藩の領下にあった浜砂村の守護神として、今山八幡宮の神霊と共に遷宮建立されたと伝わる。これまでに数回、改築、新築が繰り返され、現在の神殿になった。


【海童=わたつみ=神社】(長浜町3丁目)
1768年ごろ、延岡内藤藩第2代藩主の内藤政陽(まさあき)が勧請(かんじょう)したと伝わり、綿津見神(わたつみのかみ)ら11柱を祭っている。1995年に神社を建て替えて以降、毎年海の日に「子どもみこし」が町内を練り歩く。


【出北神社】(出北3丁目)
菅原道真と大己貴命(オオナムチノミコト)を合祀(ごうし)している。10年前からは毎年11月23日に、岩熊井堰や出北用水の開削に尽くした藤江監物ら先賢に感謝する「出北新嘗(にいなめ)祭」が、「出北旧ばんば音頭を伝承する会」主催で開かれている。


【出北観音堂】(出北3丁目)
岩熊井堰と出北用水の築造に尽くしながら嫌疑をかけられ獄死した藤江監物、完成させた江尻喜多右衛門ら用水路開削に命を懸けた8人の先賢が合祀されている。毎年、藤江が獄死した旧暦8月に同所で法要を行っている。



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