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城下町東の玄関口−歴史の中で子育て(2)

本紙掲載日:2020-08-31
7面

延岡市紺屋町、瀬之口町、日の出町、昭和町

◆神様が宿泊した浜御殿−紺屋町
霊験あらたか石の宮

 紺屋町の五ケ瀬川の川べりにある児童公園は、20年ほど前まで「浜御殿公園」と呼ばれていた。公園のある一帯の広場をかつて「浜御殿」と称していた名残だ。

 今山八幡宮や、明治末期の神社統合で同八幡宮に合祀(ごうし)された今山八坂神社(祇園さん)の大祭では、かつて複数日をかけてご神幸が行われていた。同所はその際、みこしが一晩仮泊まりする「お旅所」だったことが、浜御殿の名の由来という。柳沢町の河原と隔年交代でお旅所になっていた。みこしを安置すると神楽などが奉納され、多くの参拝者でにぎわっていた。

 また、小嶋政一郎著「延岡百景今と昔」によると、毎年6月には川べりで大祓(はら)い、盆には流れ灌頂(かんじょう)が行われ、多くの夜店が並び、打ち上げ花火が観衆を喜ばせたという。

 公園の西端には、地元の人が建立したという「石の宮」がある。「願いがかなう」とお参りする人が絶えず、毎月1日と15日に、近所の人が花や酒を欠かさずに供えていた時期もあった。

 石碑には「大正六年三月石ノ宮」の文字。「明治四十三年八月二十日岡富村浜御殿発起人吉田傳七」と続く。1910(明治43)年に吉田伝七さんらが竹やぶを開いて、稲荷(いなり)、水神、山神、金刀比羅(ことひら)宮、八代龍郷龍神ら諸神仏を勧請(かんじょう)し、17(大正6)年に石の宮を建立したという。

 石の宮は、川沿いの道路から見える位置に二つ並ぶ。共に凝灰岩で造られており、大きい方の南側の壁には十二支が繊細に彫られている。もう一つには大師像や菩薩(ぼさつ)像が安置されている。現在は毎年5月5日、川沿いに祭られた「川竹水神」と一緒に祭りを行っている。


◆来迎寺に友綱良輔の墓−昭和町
江戸時代に活躍した力士

 浄土宗来迎寺の敷地内に、一回り大きな墓がある。「古今大相撲力士辞典」「日本相撲史」にも名前が残る名関取・友綱良輔が眠る墓だ。

 友綱部屋は東京都墨田区に現存し、現在は元関脇・旭天鵬の12代目友綱勝が部屋を継承している。同部屋のホームページを見ると、4代目友綱良助として紹介されている。

 延岡市柳沢町出身、1808(文化5)年生まれで本名は伊福。大坂相撲から江戸相撲に移り、38(天保9)年に入幕を果たした。幕内で13年間活躍。前頭筆頭まで進み、不知火、秀ノ山の両横綱にも勝った。

 帰郷後は槙峰鉱山の開発などに関わり、71(明治4)年、64歳で生涯を閉じた。

 同寺の盖弖吾住職によると、友綱が同じ浄土宗であったことから、同寺で葬儀を行って墓を建て、埋葬した。

 もともと寺の敷地は広く、周辺に多くの墓があったが、1960年代の区画整理で墓をまとめて、堂内の納骨堂に納めた。しかし大きい友綱の墓だけは動かせなかったため、当初と同じ場所にあるという。

 大相撲延岡場所が行われた際には、友綱部屋の関係者がお参りに来ていたそうで、現在も東京に住む関係者から「(コロナが)落ち着いたらお参りに行きたい」という連絡が届いているという。

 友綱は子に恵まれず、1898(明治31)年に85歳で亡くなった妻テツと一緒に納められている。盖彌賛Δ毎朝線香を立て、手を合わせている。


◆牧水歌碑が出迎える−日の出町
JR延岡駅の東口

 延岡市の玄関口といえるJR延岡駅。その東口は日の出町に面している。

 2018年3月、市の駅周辺整備事業で東口と西口(幸町)をつなぐ東西自由通路も新しくなり、3・5メートルに拡幅、屋根とエレベーターが設置された。エレベーターには自転車も乗せられる。通路でイベント開催もできる。

 東口前の広場には、日向市東郷町で生まれ、延岡市で多感な時期を過ごした歌人・若山牧水の歌碑がある。1979年9月、延岡向洋ライオンズクラブが、翌月開催の「日本のふるさと宮崎国体」を記念して建てたもの。以前は西口前にあったが、同整備事業で東口に移設された。歌碑には、故郷への懐かしさのこもった一首「ふるさとに帰り来りてまづ聞くはかの城山の時告ぐる鐘」が刻まれている。

 また同広場は、駅周辺の活性化のため、イベントが開催しやすいように整備されている。2018年5月にはカレーマルシェ、同7月にはBEERマルシェと、食をテーマにしたイベントが開かれた。数多くの飲食店が出店し、大勢の来場者が店の自慢料理を味わい、にぎわった。




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