【お知らせとおことわり】

 夕刊デイリー新聞ならびにYUKAN-DAILY-WEBを
ご利用いただきありがとうございます。

 著作権保護のためWEBブラウザ上からの記事・写真の
ダイレクトプリントができないようになっております。
ご了承下さい。

 サイト内の写真は本紙に掲載されたものですが
本紙掲載分の写真については以下のような規定があります。


 夕刊デイリー新聞社は、本紙に掲載された写真の提供サービス(有料)をしています。

 スポーツで活躍した場面の写真、ステージでの発表会、さまざまな行事で新聞に掲載された写真をご家族の記念に保存されてはいかがですか?

 写真は本紙記者がデジタルカメラで撮影したもので、新聞紙上では白黒でも提供写真はカラープリントです。

写真のサイズと料金は次の通りです。

▽L  サイズ 1枚 200円
▽LL サイズ 1枚 300円
▽A4 サイズ 1枚 800円
(A4サイズはラミネート加工もできます。ラミネート加工は200円追加)


L  サイズ
(8.9×12.7センチ)
1枚 200円
LL サイズ
(12.7×17.8センチ)
1枚 300円
A4 サイズ
(21×29.8センチ)
1枚 800円
(ラミネート加工は200円追加)

 提供できない写真もありますので、まず、本社にお電話をください。
 掲載日などをお聞きし写真を確認した上で準備します。

 受け渡しは、本社または支社、支局に来社していただくことになります。
 写真によっては提供サイズが限られる場合があります。
 また、事件、事故、災害、選挙、肖像権に関係する写真や本社に版権のない写真は提供できませんのでご了承ください。

 写真は個人的利用に限ります。 印刷物などに用いることはできません。

 写真提供サービス開始とともに、これまでの貸し出しサービスは終了します。


 お問い合わせ、お申し込みは
 本社(電話番号 0982-34・5000、平日は午前9時−午後5時、土曜は午前9時−午後3時)へお願いします。

 

産業遺産として見直す−延岡

本紙掲載日:2012-12-01
2面
坑内の様子や、従業員の生活について話す中村さん(右)。左は山内准教授
だんだん畑で秋祭りの会場に展示された槇峰鉱山の写真(写真の原本は中村さんが所有)
施設跡を巡るスタンプラリーに参加した田辺さん親子。東坑跡のポイントで

歴史後世に伝え観光資源に−甦れ槇峰鉱山元気プロジェクト

◆だんだん畑で秋祭り−北方町美々地地区

 延岡市北方町と日之影町にまたがり、九州一の規模を誇った槇峰鉱山の歴史を後世に伝えるとともに、観光資源としても生かそうという取り組みが地元で始まった。鉱山の従業員が暮らす町として栄えていた北方町美々地地区で11月18日に開かれた「だんだん畑で秋祭り」の会場で講演や遺構を巡るスタンプラリーがあり、地元住民が同鉱山を産業遺産として見直した。

 講演の演題は「世界の中の槇峰鉱山」。九州保健福祉大学の山内利秋准教授(45)が、同鉱山の従業員だった中村和雄さん(82)=北方町下鹿川=や、来場した元従業員へのインタビューを交えながら、坑内の構造や採掘の状況、当時の住民の暮らしを説明した。

 同鉱山は約350年前の江戸時代、明暦から寛文年間に採掘が始まり、廃坑になった時代もあったが、明治22(1889)年に三菱鉱業(現三菱マテリアル)の経営となってから本格化。昭和42年の閉山まで操業された。

 九州一の規模があり、明治25年には県内第1号の発電所が造られ、坑内には電車も走っていたという。最盛期の昭和19年には1400人が働いており、一帯の人口は約5000人。美々地小に700人、美々地中に300人が通っていた。山並みには社宅が幾重も並び、1500人収容の映画館、結婚式のできるクラブもあった。笠置シヅ子、村田英雄といった芸能人も訪れ、「それはにぎやかだった」と元従業員は口をそろえた。

 多くの施設が取り壊され、坑道、事務所など一部が残るのみになっているが、山内さんは「皆さんの記憶こそが財産」。別子銅山で栄えた愛媛県新居浜市でも、施設跡の草を刈るなど環境を整備し、記憶を継承して世界遺産を目指していることを紹介した。

 槇峰鉱山には太平洋戦争の末期、中国人を強制労働させた暗い歴史もあるが「この問題も含めて、きちんと評価することが大事。槇峰鉱山は九州・山口の産業遺産の筆頭にあり、世界遺産になるレベルのものだということを認識してほしい」と呼び掛けた。

 中村さんは14歳で同鉱山に就職。主に採掘作業で使う機械を作る仕事に従事し、閉山後も平成19年まで残務整理を担当していた。「もっと早くにこのような取り組みをしてもらえると良かった」と残念がった。「でもまだ今なら少し施設が残っている。槇峰を多くの人に知ってもらいたい」と話した。

 美々地地区では、施設跡に看板を立てる方向で三菱マテリアルと交渉中。

          ▽          ▽

◆「祖父の仕事場を見たかった」−スタンプラリーにぎわう

 スタンプラリーは東西の坑道入り口跡、クラブ跡、社宅跡、選鉱場跡、事務所跡など10カ所をポイントに設定して行い、多くの人が参加した。

 延岡市別府町の田辺里美さん(38)は「亡き祖父(甲斐進さん)が働いていた場所を見たいと思って参加しました。全部回りたい」と話し、長男の陽大=はると=君(9)、次男の真翔=まなと=君(6)と一緒に、ポイント巡りを楽しんでいた。

その他の記事/過去の記事
page-top