掲載日:
2026/3/6(8面)
巨典の-故郷は遠きにありて思うもの

「エンジン01」で拓いた未来・速読技術を独学で取得
ドバイを拠点に活躍する・個人投資家・投資アドバイザー
延岡市出身 宮脇さきさん
今から約10年前のことです。2015年の11月、科学者や実業家、アスリートなど、各分野の第一線で活躍する文化人100人以上が延岡市を訪れ、3日間にわたって地域の人々と「知の交流」を行いました。それが「エンジン01(ゼロワン)文化戦略会議オープンカレッジinのべおか」というイベントでした。当時、このエンジン01に参加して大いに刺激を受けた一人の高校生がいました。現在、海外不動産投資家としてUAE(アラブ首長国連邦)のドバイを拠点にワールドワイドに活躍する、宮脇さきさんです。
今回は特別編として、海外で頑張る県北出身者を紹介します。岡富小学校時代の宮脇さんは、延岡市が主催する「寺子屋」に参加していました。人生経験豊かな高齢者の皆さんから、ちぎり絵や俳句、算数などを教わりながら話を聞いてもらったり、時には「それはよくないよ」とちゃんと叱ってもらったことが、宮脇さんにとって貴重な経験になったと振り返ります。
漫画も図書室の本も、両方楽しむ小学生でしたが、大好きな本をもっと読みたいと速読の技術をインターネットで自習しました。その結果、読書量が飛躍的に増えたことで、小学生とは思えぬほどの読解力を身に付けるに至ったようです。
その頃に、延岡市立図書館で未知のジャンルの本と運命的な出会いを果たします。作者は、ホリエモンこと堀江貴文さんや、自己啓発系作家の本田健さんなどといった、小学生とは縁遠い存在の人たちでしたが、宮脇さんはすぐに魅了されました。
堀江さんの本からは、自分で新しい事業を立ち上げる「起業家」の存在を知り、強く憧れました。本田さんの著書からは、「十代のうちに行動すべき大切なこと」を学び、それを実践したそうです。
投稿と日記で磨いた感性-延岡の風景「プライスレス」
5年生の時に、先生から「宅習ノートを書くか、新聞に文章を投稿するかどちらかを選びなさい」と言われて新聞投稿を選び、6年生までの2年間にわたり夕刊デイリーに投稿を続けました。投稿を楽しみながら文章力や表現力を身に付けました。
また、16歳から現在に至るまで書き続けている「日記」の存在も大きかったそうです。日記を読み返すことで自分の過去を振り返り、自分の未来の在り方をイメージすることができる。このことも自分の成長に大いに役立ったと分析しています。
さて、「エンジン01」には、憧れの堀江貴文さんも参加していました。当時延岡高校3年生だった宮脇さんは、堀江さんが講師のクラスの最前列に陣取りました。堀江さんから「未知なる世界へ飛び出すことが必要」との話を聞いた時には、自分の世界が一気に広がるような感覚を覚えたといいます。
そして、「いつか堀江さんと対等に話がしたい」という目標が生まれ、「自分ももっと広い世界を見ないといけない」と決心し、お茶の水女子大学へと進学します。住まいは大学近くの学生寮でした。ぜいたくは言えませんが、築年数は相当に古く、エレベーターなしの5階建て、取り壊し寸前の建物で、夢にまで見た東京での学生生活が色あせていくのを感じたそうです。
その一方で、おしゃれで高価なデザイナーズマンションに住んでいる友人もいました。この時に、これは完全にお金の差で、資本主義の現実なのだと感じたそうです。従って、将来は給料をもらうだけではなく、自分でビジネスや投資もする必要があると、「お金」の猛勉強を始めました。
アルバイト代で仮想通貨を購入し、その運用益で、分散投資の一つとして不動産投資をスタートしました。21歳で国内投資物件を所有し、本格的に不動産投資の道へと進むことになりました。
そして21年、視点を世界へと変えドバイに移住。個人投資家として資産運用をしながら、投資家へのアドバイザーとして活動しています。現在は、ユーチューブと海外視察ツアーが大きな柱となっていて、ユーチューブチャンネルは登録者が14万人を突破、投資やお金の話を中心に海外の現地情報などを発信しています。海外視察ツアーでは、投資家の皆さんと一緒に各国を訪問しますが、単に投資対象としての訪問だけでなく、現地の子どもたちや家族と触れ合い、支援につながるような活動もセットで行っているそうです。
そのツアーで、カンボジアの子どもたちと一緒に遊んでいる時のことでした。「高い高い」と14歳の子どもを抱き上げると、体重が驚くほど軽く、「十分な食事も取れていないのか」とがくぜんとしたそうです。これを機に宮脇さんは、自分の仕事が少しでもカンボジアのために寄与できればとの思いも込めて活動を続けていると言います。
〈延岡の好きな風景はどこですか?〉と尋ねると、すぐに「鮎(あゆ)やな」という答えが返ってきました。延岡らしい風景の鮎やなは、彼女にとって唯一無二の特別な存在なのだそうです。砂漠の国ドバイに住んでいると、美しい水と緑あふれる延岡の景色は、なんてぜいたくなものだろうと実感するそうです。まさに「プライスレス(お金では買えない価値あるもの)」なのでしょう。
そして、次のようにも語ってくれました。「小さい頃の私は、『どうしてもっと都会で生まれなかったのだろう』と正直思っていました。でも、今振り返ると、『延岡で生まれて本当に良かった!』と、心から思っています」と。
順調なビジネス、そして去年の秋には、堀江貴文さんとの対談を実現させるなど、次々に夢を現実化していく宮脇さん。その要因は、読書や日記などを通して延岡で培われた「国語力(表現力、読む力、想像力、俯瞰力〈ふかん〉、探求力が融合した力)」と、延岡の豊かな自然がプレゼントしてくれた「感性」にあると私は感じました。
宮脇さんの次の夢は、「エンジン01のような、子どもたちの人生が変わるきっかけになるイベントを、いつか延岡でも開催したい」とのことです。その時彼女は、子どもたちに何を伝えてくれるのでしょうか、実に楽しみです。
※米国とイスラエルによるイラン攻撃に端を発した中東紛争ですが、宮脇さんとそのご家族は日本に帰国中とのことです。
延岡市出身 宮脇さきさん
今から約10年前のことです。2015年の11月、科学者や実業家、アスリートなど、各分野の第一線で活躍する文化人100人以上が延岡市を訪れ、3日間にわたって地域の人々と「知の交流」を行いました。それが「エンジン01(ゼロワン)文化戦略会議オープンカレッジinのべおか」というイベントでした。当時、このエンジン01に参加して大いに刺激を受けた一人の高校生がいました。現在、海外不動産投資家としてUAE(アラブ首長国連邦)のドバイを拠点にワールドワイドに活躍する、宮脇さきさんです。
今回は特別編として、海外で頑張る県北出身者を紹介します。岡富小学校時代の宮脇さんは、延岡市が主催する「寺子屋」に参加していました。人生経験豊かな高齢者の皆さんから、ちぎり絵や俳句、算数などを教わりながら話を聞いてもらったり、時には「それはよくないよ」とちゃんと叱ってもらったことが、宮脇さんにとって貴重な経験になったと振り返ります。
漫画も図書室の本も、両方楽しむ小学生でしたが、大好きな本をもっと読みたいと速読の技術をインターネットで自習しました。その結果、読書量が飛躍的に増えたことで、小学生とは思えぬほどの読解力を身に付けるに至ったようです。
その頃に、延岡市立図書館で未知のジャンルの本と運命的な出会いを果たします。作者は、ホリエモンこと堀江貴文さんや、自己啓発系作家の本田健さんなどといった、小学生とは縁遠い存在の人たちでしたが、宮脇さんはすぐに魅了されました。
堀江さんの本からは、自分で新しい事業を立ち上げる「起業家」の存在を知り、強く憧れました。本田さんの著書からは、「十代のうちに行動すべき大切なこと」を学び、それを実践したそうです。
投稿と日記で磨いた感性-延岡の風景「プライスレス」
5年生の時に、先生から「宅習ノートを書くか、新聞に文章を投稿するかどちらかを選びなさい」と言われて新聞投稿を選び、6年生までの2年間にわたり夕刊デイリーに投稿を続けました。投稿を楽しみながら文章力や表現力を身に付けました。
また、16歳から現在に至るまで書き続けている「日記」の存在も大きかったそうです。日記を読み返すことで自分の過去を振り返り、自分の未来の在り方をイメージすることができる。このことも自分の成長に大いに役立ったと分析しています。
さて、「エンジン01」には、憧れの堀江貴文さんも参加していました。当時延岡高校3年生だった宮脇さんは、堀江さんが講師のクラスの最前列に陣取りました。堀江さんから「未知なる世界へ飛び出すことが必要」との話を聞いた時には、自分の世界が一気に広がるような感覚を覚えたといいます。
そして、「いつか堀江さんと対等に話がしたい」という目標が生まれ、「自分ももっと広い世界を見ないといけない」と決心し、お茶の水女子大学へと進学します。住まいは大学近くの学生寮でした。ぜいたくは言えませんが、築年数は相当に古く、エレベーターなしの5階建て、取り壊し寸前の建物で、夢にまで見た東京での学生生活が色あせていくのを感じたそうです。
その一方で、おしゃれで高価なデザイナーズマンションに住んでいる友人もいました。この時に、これは完全にお金の差で、資本主義の現実なのだと感じたそうです。従って、将来は給料をもらうだけではなく、自分でビジネスや投資もする必要があると、「お金」の猛勉強を始めました。
アルバイト代で仮想通貨を購入し、その運用益で、分散投資の一つとして不動産投資をスタートしました。21歳で国内投資物件を所有し、本格的に不動産投資の道へと進むことになりました。
そして21年、視点を世界へと変えドバイに移住。個人投資家として資産運用をしながら、投資家へのアドバイザーとして活動しています。現在は、ユーチューブと海外視察ツアーが大きな柱となっていて、ユーチューブチャンネルは登録者が14万人を突破、投資やお金の話を中心に海外の現地情報などを発信しています。海外視察ツアーでは、投資家の皆さんと一緒に各国を訪問しますが、単に投資対象としての訪問だけでなく、現地の子どもたちや家族と触れ合い、支援につながるような活動もセットで行っているそうです。
そのツアーで、カンボジアの子どもたちと一緒に遊んでいる時のことでした。「高い高い」と14歳の子どもを抱き上げると、体重が驚くほど軽く、「十分な食事も取れていないのか」とがくぜんとしたそうです。これを機に宮脇さんは、自分の仕事が少しでもカンボジアのために寄与できればとの思いも込めて活動を続けていると言います。
〈延岡の好きな風景はどこですか?〉と尋ねると、すぐに「鮎(あゆ)やな」という答えが返ってきました。延岡らしい風景の鮎やなは、彼女にとって唯一無二の特別な存在なのだそうです。砂漠の国ドバイに住んでいると、美しい水と緑あふれる延岡の景色は、なんてぜいたくなものだろうと実感するそうです。まさに「プライスレス(お金では買えない価値あるもの)」なのでしょう。
そして、次のようにも語ってくれました。「小さい頃の私は、『どうしてもっと都会で生まれなかったのだろう』と正直思っていました。でも、今振り返ると、『延岡で生まれて本当に良かった!』と、心から思っています」と。
順調なビジネス、そして去年の秋には、堀江貴文さんとの対談を実現させるなど、次々に夢を現実化していく宮脇さん。その要因は、読書や日記などを通して延岡で培われた「国語力(表現力、読む力、想像力、俯瞰力〈ふかん〉、探求力が融合した力)」と、延岡の豊かな自然がプレゼントしてくれた「感性」にあると私は感じました。
宮脇さんの次の夢は、「エンジン01のような、子どもたちの人生が変わるきっかけになるイベントを、いつか延岡でも開催したい」とのことです。その時彼女は、子どもたちに何を伝えてくれるのでしょうか、実に楽しみです。
※米国とイスラエルによるイラン攻撃に端を発した中東紛争ですが、宮脇さんとそのご家族は日本に帰国中とのことです。
ドバイを拠点に活躍する・個人投資家・投資アドバイザー
延岡市出身 宮脇さきさん
今から約10年前のことです。2015年の11月、科学者や実業家、アスリートなど、各分野の第一線で活躍する文化人100人以上が延岡市を訪れ、3日間にわたって地域の人々と「知の交流」を行いました。それが「エンジン01(ゼロワン)文化戦略会…
延岡市出身 宮脇さきさん
今から約10年前のことです。2015年の11月、科学者や実業家、アスリートなど、各分野の第一線で活躍する文化人100人以上が延岡市を訪れ、3日間にわたって地域の人々と「知の交流」を行いました。それが「エンジン01(ゼロワン)文化戦略会…









