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雷管工場と共に発展−松林が守る文教の町(2)

本紙掲載日:2021-02-25
7面

延岡市別府町、浜町、緑ケ丘

◆制服の緑は松の色−南中学校(緑ケ丘3丁目)

 市立南中学校は1948年、延岡中学校から分離独立し、恒富小学校校舎を仮校舎として開校。同12月には恒富高校(現在の延岡高校)に、49年4月には同校工業部(現在の延岡工業高)に移転し、同年12月、競馬場跡地だった現在地に移った。

 「あした潮ぞう霧の海」で始まる校歌は同市の教育者小嶋政一郎氏の作詞、恒富高校の音楽教師だった山村雪子氏の作曲。52年に制定された。

 「創造」「感謝」「共生」の校訓は2001年度に完成。PTAや学校、生徒会、卒業生、地域の代表者で校訓制定委員会を結成し、PTA新聞などで募った候補作から選ばれた。「社会の変化に対応して生きる力を創造し、人々や環境に感謝し、一人一人が違うことを認め合いながら力を合わせて共生し、理想を実現させてほしい」との思いが込められている。

 女子生徒が着用する緑色のラインが入ったセーラー服は今から60年以上前、当時の職員会で何度も話し合いを重ねて決められたデザイン。校舎を囲む緑の美しい松林などから緑色が採用されたという。

 生徒数で市内一を誇った時期が長く、多い時は1学年10学級以上あるマンモス校だった。現在も東海中、土々呂中と並び生徒数が多い学校の一つに数えられる。

 部活動も昔から盛ん。特に野球、バレーボールをはじめ、弓道、陸上、剣道、バスケット、卓球、ソフトボールなど複数競技で優勝、吹奏楽コンクールで金賞受賞経験があるなど、部活動の強豪校の道を歩んできた。昨秋の県中体連では陸上男子400メートルリレー優勝、野球部は3月に静岡県で予定されていた全国大会「文部科学大臣杯」(9月に延期)の出場を決めるなど、現在も優秀な成績を収めている。


◆高い技術身に付ける生徒たち−延岡工業高校(緑ケ丘1丁目)

 県立延岡工業高校は1944年、延岡市中川原町にあった県立延岡商業学校(現・旭小学校)を切り替えて誕生した県立延岡工業学校が母体。現在は機械、電気電子、情報技術、土木、環境化学システム、生活文化の6科に712人が在籍する。

 48年には県立延岡工業学校と旧制延岡中学校を併せて、同市古城町(現・延岡高校)に県立恒富高校が新設された。50年、同校から分離し、現在地(当時の地名は浜山)に県立延岡向洋高校を設立。当初は工業系だけでなく普通科、商業科、家庭科も併設されていた。65年に工業系に特化し、現在名に改称した。向洋高校時代の卒業生には愛着があり、改称を惜しんだという。

 95年度入学の生徒から着用している制服の左胸には、男女ともに校章をアレンジしたエンブレムが付いている。創立70周年記念誌には校章について「図案制定当時(50、51年)敗戦の跡生々しく、国家再建の十字架を負うべしの強い意志を込めて十字形を肯定した」とある。

 「友よ来よ見よ海原を」で始まる校歌は52年制定。同市の詩人渡辺修三氏(旧制延岡中18回卒)が作詞し、宮崎市生まれの作曲家岡本敏明氏が作曲した。同じ年、男声、女声に分かれ、5番まである「生徒歌」(渡辺修三作詞、海老原吉之作曲)も誕生した。

 現在は各学科が特色ある教育活動を展開。生徒は各種国家資格を取得、学んだ技術を生かした地域貢献活動、近年は避難所に指定されている学校としての役割を考える課題研究に取り組むなどしている。

 また、部活動でも運動部を中心に活躍しており、校舎には懸垂幕が絶えない。野球部は、春と夏の甲子園に2回ずつ出場し(春81、2002年、夏87、92年)、いずれも初戦を突破した。


◆カトリック精神で幅広く教育−聖心ウルスラ学園(緑ケ丘3丁目)

 聖心ウルスラ学園は1955年、競馬場跡地だった現在地に「緑ケ丘学園」として誕生。当時、延岡市が普通科高校の増設を強く望んでいたことや、文部省(現・文科省)が「女子高等教育」を推進していたこともあり、同4月にはキリスト教カトリックの「聖心(みこころ)のウルスラ宣教女修道会」が女子校「緑ケ丘学園高等学校」を設立した。

 58年には幼稚園、67年には女性対象の短期大学、72年には歯科衛生士学院を開校。90年から「聖心ウルスラ学園」に改称した。現在はすべて男女共学で、2007年には中高一貫校の聡明中学校を、13年には高校に県北初の5年一貫教育となる看護科を新設した。同科の生徒は高校卒業後、2年間の看護専攻科に進み、卒業時の国家資格取得を目指す。

 カトリック校として、授業で「宗教」を学ぶ他、5月に聖母マリアに感謝をささげる「聖母の集い」、12月にはイエスキリストの降誕場面を表す「馬小屋」の展示や「クリスマスの集い」、卒業前の2月に「卒業感謝ミサ」を開くといった特色も持つ。

 また、部活動にも力を入れており、02年創部の野球部は05年、甲子園に初出場。17年には、現在プロ野球巨人で活躍する戸郷翔征投手らが、同校2度目の出場を果たすなど、県内の強豪校の一つに位置付けられている。バドミントン部も男女ともに県内トップレベル。さらに、高校に女子サッカー部やeスポーツ同好会を、中学に野球部やバスケットボール部を新設するなどし、今後の活躍にも期待がかかる。

 4月入学の新入生からは男女差の少ない新制服が導入される。

 「浮世の塵(ちり)をよそに見て高嶺の花のその操」で始まる高校と聡明中の校歌は、赤波江愛次郎作詞、マリオ・リッコ作曲。


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