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住宅地と工場の景色溶け込む(1)

本紙掲載日:2020-09-29
6面

延岡市川原崎町、中川原町、桜園町、中の瀬町

 延岡市の川原崎町、中川原町、桜園町、中の瀬町を訪ねた。

 中川原町や中の瀬町には「工業都市」を象徴するように工場地帯が広がる。一方、二つの町に隣接する川原崎町、桜園町は住宅地が広がり、事業所や店舗も多く点在する。

 また、世界で活躍する旭化成陸上部が練習拠点にしているグラウンドがあるのもこの地域。工場地帯や住宅地の中で地域に根付いてきた、主な場所を紹介する。

◆GGN発祥の地−中の瀬町
旭化成レ−ヨングラウンド

 目の前を走る国内トップレベルのランナーを、看板をたたいて応援する「ゴールデンゲームズinのべおか(GGN)」。県外からも多くの観客が訪れる人気の大会は現在、西階陸上競技場で開かれるが、発祥地は「旭化成レーヨングラウンド」だ。

 旭化成陸上部のホームグラウンド。1990年、同所が全天候型グラウンドに改修されたことを記念し、他の実業団の選手も招いて、記録会を開いたことが発端だった。事前告知をしなかったにもかかわらず、約1800人の観客が1周300メートルのトラックの周りを埋めた。大勢の観客の応援を背に、出場選手の多くが自己ベストを更新。選手から続けてほしいと懇願され、継続されることになったという。

 大会名物の「看板たたき」が始まったのも同所で第4回から。第6回から現在の大会名に変更された。

 大会の認知度が上がり、観客数が年々増えたこともあって、97年の第8回から西階陸上競技場に移された。

 現在も旭化成陸上部の練習拠点で、世界で活躍する選手が多く輩出している。

◆イザナキのみそぎの地−中の瀬町
工場群を流れる祓川

 よみの国から逃げ帰ったイザナキノカミが、みそぎをした場所といえば、宮崎市の阿波岐原森林公園・市民の森にある「御池」がよく知られているが、延岡市にも伝説の地がある。それが中の瀬町の「祓川(はらいがわ)」。現在は工場群の中をひっそりと流れている。

 日本書紀は−−川の上ツ瀬(上流)は流れが速く、下ツ瀬(下流)は流れが緩やか過ぎて、みそぎに適さない。そのため、流れがちょうどいい中ツ瀬(中流)をみそぎの場に決めた−−と伝える。

 中の瀬と中ツ瀬は同じ意味。江戸時代末期に活躍した延岡市の国学者、樋口種実は、イザナキノカミのみそぎはらいの地は、同市中の瀬町の祓川しか考えられないと述べた。

◆旭有機材は創業75年−中の瀬町
世界的ニッチトップ企業

 管材システム事業、樹脂事業、水環境・資源開発事業を柱に、世界的な企業へと発展を続けている「旭有機材」。今年、創業75年という節目の時を迎えた。

 前身となる日窒航材工業株式会社は戦時中の1945年3月に設立され、当時不足していた金属材料の代替となる木材や樹脂による航空機部品を製造。以降、旭ベニア工業株式会社、旭有機材工業株式会社、旭有機材へと社名を変えつつ、一貫して「樹脂ができること」への追求を続けている。

 50年にはフェノール樹脂成型材料(AVライト成型材料)の量産を開始し、56年には世界初となる樹脂製バルブ(ASAHIAVバルブ)の開発に成功。共に半世紀がたった現在も主力商品として世界の産業を支える。

 近年は中の瀬町の本社工場敷地内で、次世代対応を図る「延岡革新(NK)プロジェクト」を積極的に推進。受注からアフターサービスまで一貫して必要となる建屋のデジタル化、スマート化による〃管材革新〃を目指している。

 また国内外における高い市場シェアの確保が高い評価を受け、経済産業省の2020年版「グローバルニッチトップ企業100選」(素材・化学部門)に選定されたほか、宮崎、大分の企業が交流を深める「東九州ものづくり交流展」への出展を行っている。

 この他、森林保全活動「ゆうきの森づくり」、野口遵顕彰会や今山大師祭、アスリートタウンのべおか、NPO法人学校支援のべおかはげまし隊を通した活動、延岡市教育委員会と締結した〃人財〃交流協定などで教育振興、地域貢献に寄与。「メード・イン・延岡」で世界へと飛躍する企業、中の瀬町の巨大なアイコンとして存在感を示している。

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