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自分の「面白い」を何十万人もと共有する楽しさ

本紙掲載日:2020-04-01
6面

放送作家・植田将崇さんインタビュー

 「アメトーーク!」や「テレビ千鳥」などテレビ朝日の人気番組で、台本や構成を考えるスタッフとして携わる延岡市出身の男性がいる。フリーランスの放送作家、植田将崇(まさたか)さん、28歳。中学生の時からの夢を追い続け、会社勤務を辞めて有名プロデューサーに弟子入り。レギュラー番組と並行して特番の仕事を常に持つほど活躍の場を広げてきた植田さんに、今後の目標と高校生へのメッセージを聞いた。

◆企画書と手紙、送り続けた2年半

−−いろいろな職業があるテレビ業界の中でも「放送作家」を目指したきっかけは。

もともとお笑いが好きだったのですが、中学生の時に「アメトーーク!」を見て、率直に「入りたい」と思ったんです。小学生の頃から勉強や運動は苦手でしたが文章を書くことはできて、作文でコンクールに入賞もしていました。
僕が「好きなもの」と「できること」の間を探していたら、当時ヒットしていた村上龍さんの「13歳のハローワーク」に放送作家が紹介されていたんです。当時は僕も13歳ぐらい。こういう仕事もあるんだって思い、調べだしたのがきっかけでした。
延岡工業高校を卒業して、神奈川県の電子部品会社に一度は就職しました。が、仕事とは別にテレビ朝日が開くアナウンススクールの番組制作・構成作家養成講座に通い始めたんです。ここに「アメトーーク!」のプロデューサーの加地倫三さんが講師で来ることを知っていたので、放送作家になるための〃戦略〃です。
実際に加地さんが来られた時に名刺を頂いて、そこに書かれてあったテレビ朝日の住所に手紙と企画書を送りました。手紙は加地さんがされている番組の感想、企画書は自分で考えた新しい番組。もちろん、そういう人はいっぱいいるので無視されるんですけどね。連絡はなくても、企画書と手紙を送ることは毎週続けました。

−−手紙と企画書を送り続けたことで道がつながったのでしょうか。

スクールも半年で修了してしまいます。週1回のスクールは毎回違う講師が来るんですが、ものすごく怒られるんです。与えられたテーマに対して企画を考えてプレゼンテーションするんですが、ずばっと指摘されます。テレビ業界に入れると思って自信を持っていた生徒も鼻をへし折られて、どんどん辞めていき、最初は20人ぐらいいた生徒が、最後の授業では4人しかいませんでした。
僕自身は勉強になっていたので、「ありがとうございます」という感じでしたし、そこで学んだ企画の作り方によって、加地さんに送る企画書が続けられたと思います。
毎週、加地さんへ送り続けた手紙と企画書も無視されすぎて、もう返事は来ないだろう、と。けど、放送作家になるしかないと決めていたので諦めるという気持ちはありませんでした。
2年半が過ぎた時に加地さんから連絡が来て「入りませんか」と。今振り返ると企画の内容はまったく面白くなくて本当に恥ずかしいんですが、熱意だけで入れてもらったのだと思います。

◇下積み1年、アメトーーク!デビュー

−−夢への一歩を踏み出しましたね。

電子部品会社を退職して、フリーランスの放送作家となったのが2013年1月。ですが、すぐに放送作家の仕事をしたわけではありません。
アメトーーク!に入る前に、加地さんから「1年間AD(アシスタントディレクター)をやってほしい」と言われました。僕自身がテレビ業界の専門学校に通ったわけでもないので、「テレビの作り方を学んだ後で、まだなりたいと思うんだったら使います」ということだったのでしょう。
ADはイメージ通り、きつかったですね。家に帰れない、怒られる。ですが、そこしか生きる道がないと思っていたので辞めないと決めていました。どれだけ怒られても、放送作家になれば自分の力が発揮できるシチュエーションが絶対にあると思っていました。
放送作家の仕事は番組によってさまざまですが、基本は企画や構成を考えることです。アメトーーク!を例にすると、こういうトークをして、こういうVTRを入れて―のような流れを台本として作っていきます。その台本も大まかな流れだけなので、収録の状況によってはまったく違う展開になったり、コーナーを丸ごとカットしたり、予想外のこともいっぱいあります。
アメトーーク!は特殊で、「〇〇芸人」という大きなテーマは加地さんが考えます。そのテーマに対して数人の放送作家が「こうしたら面白い」というアイデアを出し合って、それを加地さんが取りまとめて番組にしていきます。
最初はまったくうまくいかなくて、ただアイデアを提案していくだけだったんですけど、携わっていく中で周りの皆さんの能力を盗んで、学んでいきました。

−−現在は「アメトーーク!」だけでなくさまざまな番組に携わっています。

フリーの放送作家は、何度も成功を重ねて「あの人がすごいらしい」と口コミが広がることで仕事が来るような世界です。僕は運が良かったのか、デビューがアメトーーク!という有名な番組だったので最初から声が掛かりやすかったですね。
アメトーーク!に携わって2年ほどが過ぎた辺りから、徐々に広がっていきました。2019年4月にテレビ朝日の「テレビ千鳥」に入ってからはさらに増えたなと感じています。
今はアメトーーク!とテレビ千鳥、テレビ朝日の「松之丞カレンの反省だ!」、日本テレビの「ニノさん」の4本をレギュラーで担当していて、このほかに特番などと常に5本ほどやっていますし、CMの構成やイベントの企画などにも携わっています。
師匠の加地さんとは毎週会議で会いますが、直接何かを教えてもらうことはなく、「見て、学んでくれ」という感じです。普段は特段何も言わないのですが、僕がアメトーーク!以外の番組をやるようになってからは、「あの番組のここは良くなかったから直したほうがいい」など、いろいろとアドバイスをくれるようになりました。
今、自分にできる最大の恩返しは加地さんから学んだノウハウを生かしてテレビ業界で活躍することだと思っています。これから少しでも多くの番組作りに携わっていけたらと思っています。

◇最初の壁でくじけず

−−テレビ業界を目指す人たちにメッセージを。

宮崎は民放が2局しかないためか、テレビっ子が育ちづらい環境です。テレビ業界で宮崎県出身者に出会うことがほとんどないですし、芸能人も少ないですよね。テレビを見ない人も多いかもしれませんが、ぜひ好きなものを探してほしいです。
「若者は物事に興味がない」なんて言われ方をしますが、情報過多の現代でジャンルが膨大になりすぎて、好きなものを見つけられていないだけな気がします。もっとテレビを見てくれれば、きっと好きな番組が見つかると思います。
テレビ業界は別世界の話だと思って半分諦めてしまっている人がいるかもしれません。僕は両親に放送作家になることをめちゃくちゃ反対されました。高校卒業後に就職する気持ちはなかったのですが、「早くまずは就職してくれ」とものすごく怒られました。親は心配ですから当然ですよね。
工業高校の場合、卒業後は工場などに就職することが多いので、先生に相談してもあまり良く受け止めてもらえませんでした。同じ学年で僕が一番最後まで就職先が決まっておらず、結局は就職をしたんですけど、放送作家になることしか考えていませんでした。
今振り返ると、両親や先生に反対されたあの時、ちょっと逆らって、諦めなくてよかったなって思います。だから今の高校生にも自分を信じて、その壁を突破した方がいいと伝えたいですね。

−−今後の目標は。

放送作家の楽しさは、自分が作った番組をいろんな人に見てもらえること。自分が面白いと思っている感覚を何十万人という人と共有できる。友人2、3人を笑わせていたようなことを、テレビを通じて何十万人に見てもらえる。自分が考えたネタを自分の好きな芸人がやってくれるというのは放送作家でしか味わえない感覚です。
ですが、お笑い番組といわれる番組は減ってきています。今後は僕がチーフ作家という一番上の立場で、お笑いに特化した番組をやりたい。
もう一つは、宮崎で番組をすることが目標です。とろサーモンさん、オカリナさん、永野さんなど宮崎出身の芸人さんを全員集めた番組を作ってみたいですね。そして、全国放送じゃ見向きもされないような「タレントの欲求を一点突破する企画」をやりたい。
テレビ番組にはさまざまな〃正義〃があります。シンプルに面白いこと、情報が役立つことなど、すべて正しいので一概に善しあしの判断はできませんが、僕は企画や切り口によって出演者の魅力を引き出す番組を一つの正義だと考えています。なので、宮崎出身の芸人さんの面白さを最大限に引き出す番組が作りたい。結果的に面白い番組ができて、地元に貢献できるのならば、とてもうれしいです。

【植田将崇さん】1991年生まれ、延岡市出身。伊形小、土々呂中、延岡工業高校を卒業。19歳でテレビ朝日の加地倫三さんに出会い、2013年に「アメトーーク!」で放送作家デビュー。これまでにバラエティーを中心に数々のテレビ番組に企画・構成として携わり、現在はテレビ番組に限らず、ライブやウェブ動画など幅広くコンテンツ制作を行っている。


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