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「二線堤」洪水から城下を守る

本紙掲載日:2020-03-26
6面

1603年ごろ築堤か−延岡

◆由来記した看板設置−国交省と市など
〃川とともに暮らす記憶の遺構〃

 延岡城築城の際に城下を水害から守る堤防として普請(ふしん)され、現在は五ケ瀬川、大瀬川堤防の控え堤の役割を果たす「二線堤(にせんてい)」(延岡市天神小路―桜小路)の南北側起点に、国土交通省と延岡市、天下一五ケ瀬かわまち創ろう会が、堤防の由来や歴史などを記した看板を設置した。


 堤防の種類には、洪水を防ぐ役割の「本堤」、本堤から河川に向かって直角に設ける「横堤(よこてい)集落や耕地を囲う「輪中堤(わじゅうてい)」、河川の分流・合流地点に設置する「導流堤」などあるが、二線堤は、本堤の保護の目的で背後に築造され、本堤が破堤した場合、洪水氾濫を防いで被害を最小限にとどめる役割を果たす。「控え堤」「二番堤」などとも呼ばれる。

 市民体育館駐車場の東側から延岡小学校の付近まで南北に整備された堤防は、延長約400メートル。内藤家の古文書などによると、1603(慶長8)年ごろに高橋元種が築いたとされ、当時は堤の西側の五ケ瀬川―大瀬川間に支流(延岡城の内堀)が流れており、堤防は支流の氾濫から城下を守るための「本堤」だった。内堀が埋め立てられた後もその姿を残し、五ケ瀬川、大瀬川本流に本格的な堤防が築造された後、1951(昭和26)年から二線堤として国土交通省延岡河川国道事務所が管理している。

 同省によると、堤防の存在が確認できる最も古い資料は、有馬氏が城主だった頃の絵図(1675〜1683年)で、草木を植えた様子が描かれている。それ以前の資料は内藤記念館の火災などで焼失して現存していないが、延岡城築城の際に整備されたのでは−−という説が有力という。

 看板は、亀井神社鳥居前と桜小路側の堤防と市道の交点付近の2カ所に設置された。築堤された当時、南北に流れていた支流とそれに沿って築造された堤防の図が書き込まれ、「川とともに暮らす記憶の遺構」のタイトルで、二線堤の歴史や役割などを説明、「今も市街地を守る役割を担う二線堤は『畳堤』や『水神さま』同様、水郷延岡の歴史を偲(しの)ばせます」などと書かれている。


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