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西門川小・中学校で記念式典

本紙掲載日:2020-02-17
3面
式典後行われた記念碑除幕式
母校への思いを発表した児童生徒による呼び掛け
全員で母校の校歌を歌う参加者

今年度で閉校−地域の人らこれまでに感謝

 今年度末で閉校する門川町の西門川小学校(吉田義校長、14人)と西門川中学校(後藤直樹校長、27人)は16日、同小・中学校体育館で閉校記念式典を行った。

 児童生徒や教職員、保護者、地域の人をはじめ、卒業生、元教職員、ゆかりの人ら約700人が参加、地域の心のよりどころとして長年親しまれてきた学びやに思いを寄せ、感謝の気持ちをささげた。主催は、閉校記念事業実行委員会(猪倉照央実行委員長)。

 式典では、門川町教育委員会の新原とも子教育長が「子どもたちには西門川での学びを生かし、希望を胸に新たな学校生活を送ってほしい」と式辞。安田修町長は児童生徒に「新しい教育環境で学ぶことになる。西門川地区の皆さんの思いを引き継ぎながら、心豊かにたくましく成長していくことを願っている」とエールを送った。

 吉田校長は「児童が西門川小で学んだことを誇りに胸を張り、はつらつとした態度で新しい生活をしていくことを期待している」。後藤校長は、「生徒たちは最後の西門川中生であるという自覚と誇りを持って取り組み、その大役を見事に果たしてきたと自負している」とあいさつした。

 来賓あいさつ後、両校の校旗返還が行われ、西門川小校旗が堂園朔琉=さくら=さん(6年)から吉田校長、西門川中校旗が松田悠汰さん(2年)から後藤校長を経て、それぞれ新原教育長に返還された。

 児童生徒による呼び掛けもあり、「大切な思い出を心の支えにして、次の学校でも一生懸命頑張っていきます。さようなら私たちの西門川小学校、ありがとう私たちの西門川中学校」などと学校生活での思い出や地域への感謝を胸に発表した。

 最後に、全員で両校校歌を斉唱、体育館いっぱいに学びやと地域への感謝を込めた歌声が響きわたった。

 記念式典後は、記念事業の一環として進められた記念碑の除幕式、飲み物や料理を囲んでのお別れの会もあった。

 参加者らは、母校の閉校を惜しみながらも、久しぶりに再会した同級生や恩師らと思い出を語り合い、記念写真に納まるなどして旧交を温め合った。

 門川町庵川西の黒木聖哉さん(21)は「閉校は悲しい。人生の目標を改めて決めることができた所。恩師はもちろん、学びの環境がすばらしかった。お世話になった。閉校の日にはまた来たい」と話した。

 創立は、小学校が1892(明治25)年、中学校が1955(昭和30)
年。小学校が128年、中学校が65年の歴史に惜しまれつつ幕を下ろす。

 卒業生は、小学校が約2000人、中学校が約1500人。町内だけでなく県内外、国内外の各界で活躍する人材を輩出してきた。

 児童生徒数は、小学校が60年代には300人を超え、中学校も70年代初めに100人弱とピークを迎えた後、徐々に減少。さらに少子高齢化が進む中、児童、生徒数の減少に歯止めを掛けることはできなかった。

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