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“日章旗”が帰還

本紙掲載日:2019-12-12
3面
返還された日章旗を掲げる親族ら。右側の遺影が守さん

フィリピンで戦死した矢山守さん(延岡)

◆戦地に持参、寄せ書き入り−74年が過ぎおい、妹の元へ

 太平洋戦争中にフィリピン・ルソン島で戦死した延岡市出身の矢山守さん(当時23)が戦地に持参した寄せ書き入りの日章旗が、74年を過ぎて遺族のもとに〃帰還〃した。米国内にあった日章旗が民間団体の仲介によって古里に戻った。受け取ったおいの矢山良満さん(71)=同市小野町=は「ようやく叔父の魂が生まれ育った場所に帰ってくることができた」と喜んだ。

 県遺族連合会や守さんの遺族によると、守さんは矢山家の6人きょうだいの次男。陸軍に所属し、ルソン島で昭和20(1945)年1月20日に亡くなった。戦没時の階級は伍長。守さんの日章旗は米兵が戦地から持ち帰っていたとみられる。

 その元米兵の叔父から日章旗を受け取ったイリノイ州在住の米国人が、日章旗の返還活動をする米国の非営利団体OBONソサエティに相談。日本遺族会、県遺族連合会、元延岡市恒富地区遺族会が、寄せ書きの中にたくさんあった「矢山」姓を元に遺族を探し、今年夏においの良満さんにたどり着いた。
11日は良満さんや守さんの妹の甲斐フサエさん(84)、いとこの矢山實さん(87)ら親族が集まり、県遺族連合会から返還経緯の説明を受けた。日章旗は保存状態が良く、守さんの両親や親戚の名前などがしっかりと残る。日章旗は甲斐さんの元で保管されるという。

 良満さんは「日章旗を手にしたことで、やはり叔父は戦死していたんだと確信しました。仏前に供え、子や孫に二度と戦争を起こしてはいけないことを伝えていきたい」と話した。

◆戦利品、米兵が持ち帰る

 「寄せ書き日の丸」は出征する兵士への武運長久を祈り、家族や親族らが直筆で署名やメッセージを日章旗に寄せ書きしたものだ。

 OBONソサエティによると、欧米諸国で敵軍の「旗」を戦利品とすることは名誉なこととされていたため、太平洋戦争中は兵士にとって「寄せ書き日の丸」は戦利品の中で一番の人気があったという。日本兵の全員が身に着けていたため、多くの連合軍兵士が入手したことが、今も多くの日章旗が残る理由の一つになっている。

 OBON―は、日章旗の返還を願う人と受け取る遺族との橋渡し活動をする団体として米国オレゴン州で2009年5月に開始。今年5月までに退役軍人や家族から託された「寄せ書き日の丸」は1200枚以上で、250枚以上を返還してきた。

 共同代表のレックス・ジークさんと敬子・ジークさんが、矢山さんに宛てた手紙には「ご遺族の皆さまに温かく迎えられ、ご英霊が安らかに故郷で眠られますように心からお祈り申し上げます。過去のつらい歴史を変えることはできませんが、戦後70年余りが過ぎた今、日章旗返還を通して平和を考え、皆さまにとって心に終止符を打たれることができればと願ってやみません」と記されていた。

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