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元基と塁、最初の甲子園

本紙掲載日:2018-03-28
9面
初戦を前に甲子園へ向かう椿原(右)と上野

第90回記念選抜高校野球大会

◆「経験を糧に」信じる

 「幼なじみ」「兄弟」「親友」。世にある言葉だけでは説明できない特別な絆。「本当はそんなに仲良くないんじゃないかとかも含め、自分たちの関係をぴったり言われたことはない」というのは主戦の上野元基。人生で最初の野球仲間、主将の椿原塁と一緒に、初めて甲子園の土を踏んだ。

 上野の父・淳さんと椿原の父・孝二さんは田中病院野球部の元チームメートで、ともに監督も経験。2人は、病院の同じ社宅で生まれた。

 「親同士も仲良かったし、生まれた時から一緒。最初にキャッチボールをしたのも塁だった。幼稚園は別だったけど、帰ったらずっと一緒に野球で遊んでいた」

 塁が門川友愛クラブで野球を始めたのは小学1年の時。元基は、送迎の関係でチームに入るのが遅れた。

 「2年生の2月22日でした」。うれしかったその日は、日付まで忘れていない。

 塁の才能は、最初からずば抜けていた。「全然格が違った」。塁が遊撃手のレギュラーになった4年生の時、元基は「たまに代打で出るぐらい」だったという。

 6年生になってからは門川中時代と同じく塁が主将で、元基が副主将。「2人でチームを引っ張る立場」に変わった。

 全国制覇2回の中学時代は無敵だった。天性の制球力を持つ元基がエース。遊撃手の塁と、堰口広大が組む二遊間は鉄壁で、狙って簡単そうに併殺を取っていた。

 「最初は塁と2人で、それに(岩切)琳汰郎と(松林)剛史、(黒木)康平。中学から(堰口)広大」。野球を介し志を同じにする仲間が増え、甲子園を目指して延岡学園に進んだ。

 高校では能力の高い仲間が増えた。だが、思った以上に自分たちは軟式から硬式への移行に手間取り、「スタートラインだと思っていた」という甲子園出場に届かず。

 その中で、2人の特別な関係を再認識する場面もあった。昨秋を前に、前監督が退任すると知らされたミーティング。全員が目を赤くする中、「自分と塁だけは泣いていなかった」。監督の交代は中学でも体験しており、泣いても何もはじまらない。前を向いて結果を出すしかないと分かっていたからだ。

 2人でただ楽しんでやっていた野球。仲間がさらに増えた一方、難しさも怖さも知った高校の2年間。ようやくたどり着いた初めての甲子園はそれぞれにとっても、苦い結果となった。

 門川中2年までの監督だった田中政秀さんは「彼らは中学時代も2年の夏、九州大会で敗れ、その経験を糧に次の春と夏、日本一になった。こういう経験から二つも三つも自分たちを伸ばしていける」とただ信じている。

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