【お知らせとおことわり】

 夕刊デイリー新聞ならびにYUKAN-DAILY-WEBを
ご利用いただきありがとうございます。

 著作権保護のためWEBブラウザ上からの記事・写真の
ダイレクトプリントができないようになっております。
ご了承下さい。

 サイト内の写真は本紙に掲載されたものですが
本紙掲載分の写真については以下のような規定があります。


 夕刊デイリー新聞社は、本紙に掲載された写真の提供サービス(有料)をしています。

 スポーツで活躍した場面の写真、ステージでの発表会、さまざまな行事で新聞に掲載された写真をご家族の記念に保存されてはいかがですか?

 写真は本紙記者がデジタルカメラで撮影したもので、新聞紙上では白黒でも提供写真はカラープリントです。

写真のサイズと料金は次の通りです。

▽L  サイズ 1枚 200円
▽LL サイズ 1枚 300円
▽A4 サイズ 1枚 800円
(A4サイズはラミネート加工もできます。ラミネート加工は200円追加)


L  サイズ
(8.9×12.7センチ)
1枚 200円
LL サイズ
(12.7×17.8センチ)
1枚 300円
A4 サイズ
(21×29.8センチ)
1枚 800円
(ラミネート加工は200円追加)

 提供できない写真もありますので、まず、本社にお電話をください。
 掲載日などをお聞きし写真を確認した上で準備します。

 受け渡しは、本社または支社、支局に来社していただくことになります。
 写真によっては提供サイズが限られる場合があります。
 また、事件、事故、災害、選挙、肖像権に関係する写真や本社に版権のない写真は提供できませんのでご了承ください。

 写真は個人的利用に限ります。 印刷物などに用いることはできません。

 写真提供サービス開始とともに、これまでの貸し出しサービスは終了します。


 お問い合わせ、お申し込みは
 本社(電話番号 0982-34・5000、平日は午前9時−午後5時、土曜は午前9時−午後3時)へお願いします。

 

上杉忠弘(延岡出身)さんロングインタビュー(1)

本紙掲載日:2017-12-27
7面

活躍するイラストレーター

 多彩な分野で活躍している延岡市出身のイラストレーター、上杉忠弘さんのトークショーが11月に宮崎市の宮崎マルチメディア専門学校で開かれました。ファッション雑誌や本、企業広告、さらにアメリカのアニメ映画でアニー賞最優秀美術賞を受賞するなど活躍を続けている上杉さんが、同校の学生や高校生たちに語った自身の歩みやメッセージを上杉さんのイラストと共に3回にわたり掲載します。聞き手は、宮崎マルチメディア専門学校副校長の三橋幸四郎さん(延岡市出身)が務めました。

◇ずっと描いていた

 僕はもともと小さい時から絵を描くのが好きで、ずっと絵を描いている子どもでした。恒富中学校の出身ですが、先日、30年ぶりぐらいに東京在住者が集まり同窓会を開きました。その時に女性から「上杉君はずっと絵を描いていた。その記憶しかない」と言われたぐらいです。大人になったら絵を描く仕事に就く−−という思い込みというか根拠のない自信だけでここまで来たという感じですね。
 中学校を出たら何とかして東京に行って絵描きになるつもりでした。でも親は地元で働いてほしいと思っていた。それで高校で絵を描けばいいと延岡工業高校に進みました。美術部はありましたが、それは名ばかりで漫画・アニメ部という感じでしたね。油絵もしたかったけれど、誰も教えてくれなかった。
結局は、先生から出すよう何回も言われていた課題を半年ぐらいほったらかしにしていたら「留年」と言われてしまい、2年で中退しました。

◇セツ・モードセミナー入学

 それから、「絵描きになるにはどうすればいいか」と真剣に考え、自分でいろいろ情報を集めているうちに書店で東京のセツ・モードセミナーを紹介した本を見つけました。長沢節という方が創設した美術学校で、入学試験もなく無条件で入れる学校だったんですね。そこに行きたいと親に言いました。実は、まともに勉強する気はなく、そこから絵を描く仕事に結び付けばと思っていました。それで上京して入学しました。
 本で過去にすごい人がいっぱい出た学校だということは知っていました。僕が入った時もセツ・モードセミナーの生徒がイラストの大きな賞を二つとも取ったということで有名になっていました。
 自由な学校でした。学校に初めて行って、近くを歩いていたら目の前にすごく奇妙な格好をした一団がぞろぞろ歩いていました。この人たちは何なんだろうなと思っていたら、それがセツ・モードセミナーに入って行った。そういう学校でした。

◇戸惑い困惑
 
 教室に行くとモデルさんがいて、生徒と先生が一緒に並んでデッサンをする、それだけです。先生が雑談の中でいろいろなことを話していくだけなんですね。でも、そこでのデッサンは非常に役に立ちました。
 実は期限もなかった。一応2年ということになっていて、その後は研究科に入れる。もともと授業料も珠算塾ぐらいで、それが研究科に入ると半額になります。それが終わるとOB科という謎の科があって、そこに入るといつまでもいられます。おじさんみたいな人が若い生徒さんたちに交じってデッサン描いていて、この人は先生かなと思っていると、「いや、僕は生徒で20年います」というような人もいました。
 僕はファッションなんか全然興味のない延岡の人間ですから戸惑いました。東京に行きたいがために選んだ学校でしたが、そこでいいとされる絵も全く分からなかったですね。困惑しながら描いていました。

◇谷口ジローとの出会い

 2年ぐらいセツ・モードセミナーに通ったり、通わなかったりして、ずるずるいたんですが、親から「2年過ぎたから仕送りを止める」と言われ、これには困りました。
 普通のバイトはやりたくないし、何とか絵を描くところで仕事ができないかと考えていたら、たまたま読んだ漫画雑誌に「谷口ジロー氏、アシスタント募集」という広告が出ていたんですね。それで応募して採用されました。

注〈谷口ジロー〉「孤独のグルメ」などの作品で知られる漫画家。ヨーロッパを中心に海外でも高く評価された。2011年、フランスの芸術文化勲章「シュバリエ」を受章。今年2月11日死去。69歳だった。

 なぜ応募したかというと、僕が高校ぐらいの時にSFブームが日本にきて、いろんな雑誌が出ていました。海外のイラストレーターも紹介され、その中にメビウス・ジャン・ジローというフランス人がいました。当時、メビウスの絵は日本ではほとんど見ることができなかった。
 僕が見たSF雑誌に、谷口ジローのところにメビウス・ジャン・ジローの本がたくさんあると書かれていました。誰かは知らないけれど谷口ジローのところにはメビウスの本がいっぱいあるからという、それだけの理由で応募しました。
 実際に谷口さんのところに行ってみるとメビウスの本がいっぱいありました。とても優しい人だったので、海外のイラストや漫画の本は見放題でした。

◇背景画がすごく勉強に

 谷口さんのアシスタントの仕事は背景を描くことでした。普通、漫画家は徹夜をして数日で仕上げるのですが、谷口さんは違っていて、徹夜はナシ、毎日通っていました。また、谷口さんはフランスの影響を受けているので、背景がすごく細かい。細密画のように、これでもかという感じですね。
 例えば、1ページ大の絵を描くように、と写真を渡されるのですが、それは構図ではなく、建物をちょっと傾けて描けといったことを言われるわけです。それを最初からやらされました。下手でも描いたらそれがそのまま雑誌に載ってしまう。だから責任重大。真剣に向き合わざるを得ない。遠近法などは自分で勉強するしかありませんでした。
 そんな作業に1週間ぐらいかかってしまう。それは普通の漫画だったら1日かけたって怒られると思いますが、細かい絵なので1週間だらだら描いていても文句を言わずに、それを待っているという人でした。すごく勉強になりましたね。
 19歳でセツ・モードセミナーに入り、22歳の時に仕送りが止められ、学校に行きながら谷口さんのアシスタントの仕事をやっていました。
 そのころは、どういう絵を描きたいというものはありませんでした。ファッションイラストみたいなものが仕事にならないかなと漠然と考えていましたが全く需要がありません。古い雑誌を収集してそのスタイルを勉強していました。もともとはSF小説の表紙や挿絵みたいなものがやりたかったのですが、興味の方向が少しずつ変わっていきました。


【プロフィル】
1966年、延岡市生まれ。西小、恒富中、延岡工業高を経て、東京の美術学校セツ・モードセミナー卒業。イラストレーターとして女性誌や企業広告、CDジャケットなどで活躍している。
2010年にアメリカのアニメ映画「コララインとボタンの魔女」のコンセプトアートで、〃アニメ界のアカデミー賞〃といわれる第37回アニー賞最優秀美術賞を日本人初受賞。14年のディズニー映画「ベイマックス」でもコンセプトアートを担当。絵を担当した絵本「ねこの看護師ラディ」(文・渕上サトリーノ、講談社)が昨年出版された。近く台湾でも出版される予定。
また、延岡市の高速道路開通記念ポスター「つながるのべおか」シリーズ、食の魅力あふれるまちづくりを目指す同市の東九州バスク化構想を後押しするための宮崎交通ラッピングバス「バスクバス」をデザインした。平成22年度宮崎県文化賞受賞。

その他の記事/過去の記事
page-top