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「日向国の神々−」を出版−宮さん

本紙掲載日:2017-11-15
3面
宮照雄さんの「日向国の神々の聖蹟巡礼」(スピリチュアルひむか観光協議会発行)

11月18、19日に延岡で記念講演会−スピリチュアルひむか観光協議会

◆神武は延岡・日向にいた−

 「ニニギの天降りから神武東征にいたる神話は実際の話であり、実在した神武天皇は延岡・日向で暮らし、東征に出た」と主張する三重県在住で三重大学名誉教授(水産学部)宮照雄さんの説が本になった。「日向国の神々の聖蹟(せいせき)巡礼−記紀神話は日本の古代史を物語る−」(千円)。発行は県北の観光協会などが連携してつくるスピリチュアルひむか観光協議会。出版を記念して18、19日には前後編の2部構成による記念講演会がある。

 宮さんは、全国邪馬台国連絡協議会の第2回全国大会論文募集で最優秀論文賞を受賞。受賞論文の「神武は鯨を見たか?神武東征と神武歌謡を考える」は、水族病理学を長年研究してきた理系学者の視点から記紀にアプローチ、新しい解釈を加えた。従来は文系学者中心の世界だっただけに一石を投じたことで注目を集めた。

 これまで延岡、日向で3度ほど講演会を開催したことで、宮説のファンも増えている。しかも宮説が展開される場所は高千穂、延岡、門川、日向の県北ということで、県北観光の新しいコンテンツとして、また、スピリチュアル観光の核になるものとして注目を集めている。

 講演は、前編の18日が午後4時〜6時、後編の19日が午前10時〜11時30分。前後編で違う内容での講演。どちらか1日だけの聴講でも構わないが、両日聴講すると、より理解が深まるという。場所はいずれもカルチャープラザのべおか・多目的ホール。会場では出版した本も販売する。

 希望者は、延岡市観光戦略課内のスピリチュアルひむか観光協議会事務局へ、電話かファクス、メールで申し込むこと。

 電話延岡34・7833、ファクス延岡22・7080、Eメール(kankou@city.nobeoka.miyazaki.jp)。

          ▽          ▽

 同書の編集者は延岡市観光戦略課。A5サイズ、187ページ。13章で構成。その各章は−、▽1日向国、宮崎県▽2侏儒(しゅじゅ)と隼人(はやと)−木花咲耶姫(このはなさくやひめ)は隼人の女神ではない▽3ニニギノミコトの天降り前記▽4ニニギノミコトの天降り▽5山幸彦と海幸彦▽6その後の海幸彦▽7高千穂論争を終焉(しゅうえん)させる▽8日向国の髪長姫(かみながひめ)▽9神武東征前期▽10神武東征▽11神武の伊勢論争▽12大和朝廷の誕生▽13伊勢ケ浜と伊勢神宮−−。

 宮説の概略を紹介すると−−、ニニギは狗奴(くな)国の王族卑弥弓呼(ひみくこ)の子である狗古智卑狗(くこちひこ)で菊池彦。邪馬台国連合との戦闘を回避するため、高千穂に(天降った)移った。ニニギを案内したのが、猿田彦であり、高千穂から五ケ瀬川を下り、当時、岬だった愛宕山(旧名・笠沙山〈かささやま〉)付近にたどり着く。愛宕山こそ笠沙の岬であり吾田長屋(あたのながや)と呼んだ半島だった。そして狗奴国の人たちが移住したのが吾田(縣)であり延岡。「王ノ城(おおのき)」と呼ばれたのが今の大貫。天下に高千穂宮を置いて本拠地にした。ひ孫の神武は、高千穂宮で暮らし、日向の伊勢(伊勢ケ浜)で育った。三重県の伊勢の地名は、東征の後に移植した日向の国人が付けたもので、今の伊勢志摩のオリジナルは日向である−−。

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