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被爆者「二度と出してはいけない」

本紙掲載日:2017-08-10
8面
被爆体験を話す小泉さん(左)

小泉さん(延岡市出身)が講話−日向

 広島原爆で被爆した延岡市天神小路出身の小泉雄次さん(80)=兵庫県伊丹市在住=の講話「父と母と私の広島を語る…」が5日、日向市細島の江川春枝ギャラリーであった。市内外から約25人が参加。「広島原爆の日」(6日)の前日に、小泉さんの体験談に耳を傾けながら、戦争の悲惨さや核廃絶への思いを新たにした。宮崎医療生協日向支部主催、日向・平和のための戦争展実行委員会後援。

 小泉さんは昭和20年8月6日、家族5人で暮らしていた広島市で被爆した。その4年後、教師だった父親が富島高校に赴任したことから、日向市に移住。富島中、延岡恒富高校(現延岡高校)、広島大学を卒業後、兵庫県伊丹市内の高校の体育教師を37年間務めた。現在は同市被爆者の会会長。

 同ギャラリーオーナーで、主催した同日向支部の事務局を務める江川悦生さんが、富島中時代の同級生だったことから講話が実現した。

 「ピカドンに幽霊のごと手をさしのべて前の道行く人々の群れ」「広間には魚市のごと死体あり顔をのぞきて歩む人あり」「いつも乗る市電は鉄骨黒こげに人骨下に重なると聞く」――。

 会場には小泉さんの被爆体験や、両親から伝え聞いた記憶を基に自身が詠んだ短歌約30点を展示。小泉さんは1首1首を紹介する形で当時の模様を克明に語った。

 被爆した1年後に亡くなった弟の拡夫(かくお)さんをしのぶ、母親かよさんの遺詠も紹介され、来場者の涙を誘った。

 「今ここに父のありせば思うべし助けてくれし色々の人」。小泉さんが被爆後69年慰霊祭に参列後、父正雄さんの被爆地を訪ねた時に詠んだ短歌も紹介。被爆当時、広島女子高等師範学校の教師だった父正雄さんが約2週間行方不明となり、多くの人に助けられて九死に一生を得て、家族と再会できたことに感謝した。

 そして、「我が父の原爆体験結論は心の底から戦争呪う」――。「父は軍国主義を嫌っていました。私も同じ思いです。日本はもとより、最近の世界情勢を見ていると、何か不気味なものを感じています」と、戦後72年を経過した今、国内外の行く末を案じていた。

 市内から参加した70代の男性は「短歌で原爆の悲惨さをそれぞれの場面で紹介することは、とても新鮮で分かりやすく、鳥肌が立つ思いだった」と感想を話した。

 講話を終えた小泉さんは、「日本は唯一の被爆国。被爆者を二度と出してはいけない。戦争は絶対にしてはいけないという思いは大きい」と強調した。

 会場では「原爆と人間」をテーマにしたパネル展も行われ、来場者が興味深そうに見入っていた。

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