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延岡〜高千穂、西郷さんもたどった道

本紙掲載日:2017-03-21
1面
西郷さんも通った鹿川越の古道を歩く参加者
上鹿川の神楽館で地元の人たちと記念写真

延岡市のNPO法人などが計画−鹿川越を歩く


◆地域活性化へ−古道再生

 延岡市から高千穂町に抜ける古道を再生し、地域活性化につなげようという取り組みが同市で進んでいる。古道は、明治10(1877)年の西南戦争で西郷隆盛ら薩軍がたどった敗走路。このうち、日之影町見立と高千穂町岩戸を結ぶ約11キロは「天の古道」として整備されている。来年にはNHKの大河ドラマ「西郷(せご)どん」が放送されることから、地元のNPO法人などは「西郷隆盛ゆかりの地を盛り上げたい」と張り切っている。

 古道再生を計画しているのは、森林保全活動などを通して里山づくりを進めるフォレスト・マントル上鹿川(戸眄誼紡緝宗法■裡丕亘/洋せ海諒襪蕕靴鯔造芦顱弊承子理事長)、同ひむか感動体験ワールド(高橋勝栄理事長)。

 第1弾となるイベントが19日、延岡市北川町祝子川と北方町上鹿川を結ぶ「鹿川越」であり、主催団体を含む約30人が歴史の道をたどった。

 鹿川越は、大崩山の南麓にあたる標高約1100メートルの峠を越すルート。古くから生活道があり、西南戦争では可愛岳の囲みを突破して上祝子の水流(つる)に宿陣した薩軍がここを通って上鹿川に抜けた。その後、昭和40年代前半まで祝子川、上鹿川地区の住民が行き来した。

 西郷隆盛宿陣跡資料館管理人の児玉剛誠さん(74)によると、薩軍は上祝子から谷筋に延びる古道を通ったとみられるが、現在は一部ルートが判然としないという。このため、参加者は旧林道を利用して「山手谷左俣(また)」という沢を目指し、そこから先は薩軍がたどった古道を歩いた。

 この日は春本番を思わせる陽気。道は比較的傾斜も緩く、参加者は大崩山の雄大な眺めを楽しみながら約3・6キロの道のりを2時間ほどかけて踏破。上鹿川では、地元の人たちから郷土料理のもてなしを受けた。

 延岡市出北の原口小夜子さん(64)は「古道は歴史を感じさせるし、ロマンがある。山登りは10年ぶりだったが、思ったより楽だった」と笑顔。未舗装の登山道や山道を走る「トレイルランニング」などを企画するイベント企画会社の小池卓哉さん(30)は「歴史があり、魅力的なコース。可愛岳から上鹿川までつながれば規模の大きな大会も開ける可能性がある」と話し、自ら走って感触を確かめていた。

 「西郷臨末記」(香春建一著)によると、上鹿川に達した薩軍はその後、釣鐘山の尾根上にある鹿川峠を越えて日之影町見立に抜けたという。主催したフォレスト・マントル上鹿川の戸眤緝宗複僑魁砲蓮嶌8紊肋綣川から見立までの古道を整備したい。可愛岳からの道がつながれば新たな観光資源となる。地域で盛り上げていきたい」と話していた。

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