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岩田典子さん(延岡)「聴衆賞」に

本紙掲載日:2016-12-15
6面
「聴衆賞」の賞状を手に笑顔の岩田さん

ピアノパラ日本代表選考会−演奏が観客に支持されて

◆難聴乗り越え“心の音”奏でる

 「第4回ピアノパラ・ワシントン大会2017」(旧国際障害者ピアノフェスティバル)の日本代表選考会がこのほど筑波大学東京キャンパスであり、延岡市愛宕町の岩田典子さん(58)が、聴衆に最も支持された演奏に贈られる「聴衆賞」を受賞した。

 難聴という、ピアニストにとって厳しい障害を、指先の感覚と音を一つずつ結びつけることで乗り越えてきた岩田さん。「この大会に出たということは、自分で障害を認めたんだと思う。その上、ある程度の評価をいただけて、いろんなことが整理できました」と喜びをかみしめている。

 大会は、NPO法人UNHEARDNOTESピアノパラ委員会主催。米国ワシントンで来年開かれる国際大会の日本代表を選ぶものだが、岩田さんに競う気持ちはなく、「(好んで弾いてきた)ピアソラの曲を客観的に聞いてもらって、切磋琢磨(せっさたくま)したかった」という。その意味で聴衆賞は何よりの結果だ。

 録画での1次審査を通過した、自閉症、知的障害、発達障害などさまざまな障害のある10人が出場。スクリーンに鍵盤が大きく映し出されており、聞こえない岩田さんにも、演奏者の呼吸や音色が伝わった。

 「すごかった。金賞を受賞した人は指の運びが素晴らしかったし、銀賞の人は弾くことが幸せで仕方ないという感じ。この仲間と同じ場で演奏できたことは、貴重な体験になりました」

 岩田さんは課題曲とピアソラの「カフェ」「ブエノスアイレスの夏」「ブエノスアイレスの冬」の計4曲を弾いた。

 「娘から『審査員の一人が〃ブラボー〃と言っていた』と聞きました。あいさつに行った審査員には『心の音でしたね』と言ってもらえて、『やったー』と思いました」

 また、課題曲は童謡の「夕焼け小焼け」を編曲して演奏する(自作、他作を問わない)というもの。岩田さんは師事する米良奈甫子さん(宮崎市)の紹介で石黒りかさん(同)に編曲を依頼した。魅力的な曲となり、岩田さんのレパートリーが増えた。

 「障害はやはり、目指すものの一部を閉ざしてしまうもの。でも、残された機能の可能性を信じて切磋琢磨することこそ個性の極みだと、皆さんの演奏を聞いて感じました。私もそうした狭い穴をくぐってきて、個性が出てきたかもしれない。演奏者としてはまだまだですが、これからも続けていけそうです」と話した。

 岩田さんは20代の終わりから難聴を患い、徐々に聴力が低下。平成8年に進行性両耳感音難聴と診断を受けた。一時演奏活動をやめていたが、多くの人との出会いの中で力づけられ、平成19年に再開した。

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