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大陸、北朝鮮から引き揚げ

本紙掲載日:2016-10-06
3面
第14回懇親会の出席者
柏木会長が当時の興南の様子について説明した

当時の苦労しのび語り合う−延岡

 戦前、朝鮮半島や大陸に居住し、終戦後に本国に戻った人や家族らでつくる「引揚者の会」(柏木淳会長)は1日、延岡市春日町の味処「国技館」で14回目の懇親会を開いた。

 県外在住を含む13人が参加。全員で物故会員に黙とうをささげた。柏木会長(81)=延岡市大貫町=が、会の近況や終戦当時の体験などを語り「戦争は絶対にしてはならない。体験をあとの人たちに語り継いでいきましょう」とあいさつした。

 北朝鮮の興南で生まれた延岡市出身の岩橋昭雄さん(73)=滋賀県在住=は引き揚げの記憶が無く、父も話すことはなかったという。「知らなかったから自分で調べた。これからもとことん調べたい」と生まれた地への思いを話した。

 戦前の興南には、旭化成の創業者野口遵が建設した世界最大規模ともいわれた工場群や発電所があり、多くの日本人家族らが生活していた。もともと、この会は、朝鮮窒素肥料会社の社員や家族らが平成14年に発足させた「日本窒素北朝鮮友の会」が大元になっている。当初は、工場関係者、その家族らが中心だったが、3年前に現在名に改称、北朝鮮以外からの引き揚げ者も会に参加している。

 中国東北部、旧満州のチチハルに家族5人で住んでいたという志賀敦さん(88)=延岡市恒富町=は終戦後、「貨物列車で約1カ月かけて大連市近くの葫芦島(ころとう)市まで移動。途中途中で列車は停車したが、出発する際の合図はなく、その場に取り残された人たちもいた」「終戦後は大変で日本人は苦しい思いをした。私たちは家族全員そろって帰ることができ、ありがたいことだった」と振り返った。

 出席者は一人ずつ自身や当時の家族の状況などを説明。初参加の人もおり、「おかげで地名や地名の呼び方も分かった。少しずつ家族のことを子どもたちに伝え残してあげたい。参加してよかった」と話した。

 中には、当時の興南の市街地地図と記憶を照らし合わせ、住んでいた場所が判明、「家が分かった。大収穫。ありがとうございました」と喜ぶ人もいた。

 終戦前の興南の地図や写真の上映もあり、参加者は当時の家族の生活に思いをはせ、互いのことや近況を話し合っていた。

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