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それでも、生き抜いた(上)−性同一性障害と向き合う

本紙掲載日:2016-06-14
6面
市民を前に自身の体験を語るAさん
Aさん作「深海の人魚」

日向市出身−Aさんに聞く

 体は男、心は女…自分は一体何者なのか。性同一性障害の当事者であるAさん(36)=日向市出身、宮崎市在住=は、幼い頃から何度も繰り返し、この問いにぶつかり、社会の偏見や差別に悩み、苦しんできた。死を覚悟したこともあったが「それでも、生き抜いた」と振り返る。そして5月、たくさん傷つけられてきた、嫌いだった故郷で、市民を前に自身の体験を語った。どのような思いからだったのか、話を聞いた。


◆幼い頃から違和感−戸惑うことばかり

 私は生まれたときから女の子でしたが、なぜか、男の子として育てられました。体が男の子だったからです。

 姉が2人いて、親戚や近所の友達も女の子が多かったため、幼い頃はそれほど違和感を覚えることなく、伸び伸びと過ごしていたように思います。

 フツウの女の子と同じように、親戚のお姉ちゃんの長い髪に憧れていましたが、「髪を伸ばしたい」ということは言ってはいけないと分かっていました。

 幼稚園生になると、男の子の制服を着るのが嫌で、「幼稚園に行きたくない」と母親に訴えましたが、聞き入れられませんでした。仲良くなるのは女の子ばかり。トイレ一つをとっても、どうして私は男の子用なのだろうと、戸惑うことばかりで、だんだん能面のような顔の子どもになっていきました。

◆小学生になると−冷やかし嫌がらせ

 小学生になってからは、集団登校のとき、当時は男女でグループ分けされていたので「なんでお姉ちゃんたちと一緒じゃダメなのだろう」と思っていました。半ズボンもスポーツ刈りも嫌でたまりませんでした。

 そんな1年生のある日、私にとって衝撃的な出来事が起こりました。みんなでぞうきん絞りの練習をしていたとき、突然、担任の女性教師から「女の子みたいに絞ってないで、もっと男の子らしく絞りなさい!」と怒られたのです。私は女の子なのにと、本当に傷つきました。

 高学年になると男の子の同級生からオカマ、ホモなどと冷やかされるようになりました。「違う」と怒りたくても怒れませんでした。なぜか。自分自身、どうしても男だとは思えませんでした。「違う」と言ってしまったら、自分を男だと認めてしまうようで、だから、ただ苦笑いをしていました。もし、フツウの女の子がそんなふうに言われたら、どんな気持ちになるのか、想像してほしいと思います。

 男の子たちの冷やかし、嫌がらせはだんだんエスカレートしていきました。それまで一緒に遊んでいた女の子たちにも申し訳なくなり、誰とも遊ばなくなりました。

◆昼休みはトイレで−みんなと遊べない

 昼休み時間の居場所がなくなりました。思い付いたのが、誰もいない校舎のトイレでした。5、6年生の2年間、昼休み時間のほとんどをそのトイレで過ごしました。運動場で遊ぶ同級生たちの姿を見ながら「なんで私はみんなと遊べないのだろう」と悲しい気持ちでいっぱいでした。

 その頃、私はもう一つの秘密を抱えてしまいました。初恋です。好きになったのは男の子でした。自分でも自分のことが分からなくなってしまいました。性同一性障害という疾病を、まだ誰も知らなかった頃の話です。私はテレビで笑われている、あの同性愛者と同じなのだろうか、一体自分は何者なのか。そう考えるうち、社会全体が敵に見えてきたのです。

◆中学生になると暴力−男の子演じるように

 中学生になると同時に、頭を丸刈りにさせられ、絶望的な気持ちになりました。男の子たちからは暴力を振るわれるようになりました。それでも、男の子らしくない自分が悪いのだと自分を責め、座るときは意識してあぐらをかき、歩くときは意識してがに股で歩き、一日中、男の子を演じていました。

 そして、一人称を失いました。それまでは「Aはね−−」と名前を使っていましたが、いじめられると思い、使わなくなりました。だからと言って「俺」とも「僕」とも言いたくなかったので、周りとのコミュニケ―ションも、だんだん成り立たなくなっていきました。

 一体自分は何者なのか。それでも当時の私は、いつかはフツウの男の子になれるのだと思っていました。私の周りには、性同一性障害など、多様な性について教えてくれる大人は誰もいなかったのです。

◆高校生でうつ状態−心が悲鳴を上げる

 高校生になると、同級生も大人になり、嫌がらせをされることは少なくなりました。ただ、周りの男の子と女の子は異性の関係になるようになり、私はその感覚に付いていけず、イライラしてばかりでした。

 そのうち、体にはじんましん、口は開きにくくなり、耳は聞こえづらくなりました。左半身にはしびれも出てきました。病院で診てもらったところ、原因はストレスだと言われました。うつ状態になっていました。自分は一体何者なのか。心が悲鳴を上げていたのです。

 心配して声を掛けてくれた先生もいましたが、やはり、性の悩みは打ち明けられませんでした。

 そんなとき、ある海外の本を読み、性同一性障害を含むトランスジェンダーのことを知りました。読めば読むほど私のことだと思い、確信しました。と同時に、私は自分がニューハーフと呼ばれる人と同じだと知りました。日本にまだ、性同一性障害という言葉もなかった頃のことです。

 私が自分らしく生きるための職業は一つしかないと思い、その夜、私はおえつを漏らして泣きました。泣いて泣いて「死のう」と決めました。17歳のときでした。

 決めたのに今生きているのはなぜか。「私が社会を変えればいいのだ」という、途方もない夢を見てしまったからです。あれから私は何一つ変えられていませんが、社会はずいぶんと変わりました。

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