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小峰産七島藺畳表−もうすぐ完成

本紙掲載日:2016-01-25
8面
ござ打ち機が本格的に稼働を始めた峰田さん宅
1本ずつ丁寧に編み込まれていく七島藺の畳表

文化を守る会−織機も復元し復活

 昭和初期の南方村時代の特産品だった七島藺(しちとうい、しっとい)の復活に取り組む、延岡市小峰町の小峰の文化を守る会(武田義明代表14人)は、昨年秋に収穫した地元産七島藺による畳表の製作を開始した。畳表を編むござ打ち機(織機)も復元したもので、守る会念願のオリジナル畳表がもうすぐ出来上がる。

 守る会は平成25年夏、約半世紀ぶりに地元の田んぼで七島藺の栽培を復活させた。その年の収穫後にござ打ち機の復活に取り組んだ。かつての七島藺農家にあった〃コテ〃と呼ばれる基幹部品を元に試行錯誤、約1年間の調整と改良を経て新しいコテを作ることができ、復活のめどがついたという。

 新しいコテは同会の武田房雄さん(70)が2年をかけて作った。乾燥させたイチイガシの木の上下から80カ所以上の穴を開けて製作。これに合わせて、甲斐新一さん(56)が杉材で織機の枠組みを作り、コテと組み合わせて、ござ打ち機を完成させた。

 コテに開けた80カ所以上の穴には上下から糸を通し、それに七島藺を1本ずつ通す。これを何度も繰り返すことで一枚の畳表が完成する。糸の張り方や織り込んだ七島藺の締め方、その調整に工夫がいったという。

 七島藺の生産を地元に復活させて昨年は3年目。昨年は生育が少し悪く目標に20センチほど届かず背丈は1・6メートル。茎も細かったため半分は収穫をあきらめた。それでも畳表にして5枚程度、空口やわらじなどを作る分は確保できたという。

 現在、峰田宏明さん(72)宅に集まり、ござ打ち作業中。武田会長(88)がコテを操作して編み目をしめると、その向かいでは糸の張り方を見守り、切れた場合の補修役が控える。4人がかりの作業ながら、「昔の人は1人で1日1枚のペースで編み上げていた」そうで、「自分たちはまだまだ」。

 それでも1時間に約10センチのペースで編み上げ、薄青く美しい七島藺ならではの色模様にどこかうれしそうな表情。作業は、和気あいあいと進んでいる。

 「栽培については気候の影響もあったが、昨年は管理不足があったと思う。それでも畳表や農具を作る分は何とか確保できた。畳表用の糸を探すのが大変でしたが、それも調達することができた。必要なものがそろったし、会員みんなの協力もあるので、今年の展望は明るい」と武田会長。

 同会では2月5日ごろまでに最初の一枚を完成させ、2月7日にある同町の地蔵祭りで披露することにしている。


◆七島藺(しちとうい・しっとい)

 江戸時代の庶民は、イ草畳の使用が禁じられていたため、わらやカヤで作ったむしろを使用していた。中でも七島藺は色つや肌触りがいいため、敷物に多く使われていた。東京オリンピックまでは柔道畳として全国で使われていた。

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