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延岡西日本マラソン−激走50年の歴史(2)

本紙掲載日:2012-02-07
9面
「若い選手がレースの駆け引きを体感できる大会」と話す宗猛監督
「延岡西日本があって次のステップに進めた」と話す森下由輝さん。平成19年の第45回大会にも引退レースで出場した。

ここから世界へ−旭化成の名選手たち

◆旭化成陸上部監督・宗猛さん−「登竜門」と「ラストラン」

 旭化成の宗猛監督(59)は延岡西日本マラソンを20歳と45歳の時、2度走った。名門の監督を任される今は「新人にとっては登竜門。中堅にとっては再生する場。ベテランにとっては思い出の場。いろんな境遇の選手が一堂に会すレースであれば」と大会の発展を願っている。

 自身にとっては、「登竜門」と「ラストラン」の舞台だった。昭和48年の第11回大会。当時20歳高卒2年目の宗監督は、双子の兄、茂さん(現旭化成陸上部顧問)とともに初マラソンに挑んだ。

 「監督からは『まだ早すぎる』と言われたが、マラソンをしたくて旭化成に入ったからと、無理を言ってエントリーしてもらった」

 中盤に2人で抜け出し茂さんが2時間17分28秒、猛さんが2時間17分46秒で、3位以下に2分以上の差をつけ初めてのワンツーフィニッシュを飾った。「その年の国内ベスト10に入る記録で『自分を生かすのはマラソン』だという確信と、兄に負けてまだ練習しないとという課題をもらった」

 初マラソンを足掛かりに、兄弟そろっての五輪出場、ワンツーフィニッシュ4度、茂さんの世界歴代2位記録樹立、猛さんのロサンゼルス五輪4位など日本マラソン界の黄金期を彩った。

 猛さんは32歳で第一線から退いた。それでもプレーイングコーチとして後進の指導をしながら、ほぼ毎年マラソンに参加。40歳の時に別府大分で2時間15分を記録するなど、選手時代と合わせて計42回マラソンを走った。

 最後の43回目が、平成10年の第36回大会。「2時間20分を切れなければ辞めるつもりだった。最後と決めていた訳ではないが、予感があり延岡を走ることにした」。2時間20分7秒でゴールし、選手の指導に専念した。

 猛さんは副監督や男子監督を経て、茂さんが退いた17年から現職。堀端宏行(世界陸上テグ大会7位)らを率いてロンドン五輪を目指している。


◆旭化成陸上部コーチ・第33回優勝、森下由輝さん

 宗兄弟に限らず今大会の優勝者で世界陸上、五輪に出場した選手は枚挙にいとまがない。
 
 特に旭化成が駅伝、マラソンの黄金時代を築いた90年代には、第29回の川嶋伸次さん、第31回の西政幸さん、第33回の森下由輝さん(いずれも現旭化成コーチ)、第34回の小島宗幸さんらが相次いで優勝。ここから世界に羽ばたいた。五輪銀メダリストの森下広一さんも第25回大会の10マイルで優勝を果たしている。

 森下由輝さん(40)は入社5年目23歳だった平成7年、旭化成勢3連勝の期待を背負って初マラソンに挑んだ。

 「もともと長い距離は得意ではなかったが、段階を踏んで練習し、手応えを感じてスタートラインに立てた。20キロすぎから集団のペースが落ち、ほかの選手に余裕がないのが分かった」

 25キロ付近で飛び出し、2位に3分以上の差をつけ当時の大会記録を1分2秒縮める2時間14分44秒で優勝した。

 しかし、「残りの10キロは地獄を見た。ペースが落ち、後続に追い付かれるような恐怖心の中で走った」とも振り返る。

 合計14回マラソンに出場。平成13年3月のびわ湖では、当時日本歴代7位の2時間7分59秒をマーク。同年8月のカナダ・エドモントンの世界陸上で8位入賞を果たすなど一時代を築いた。

 「延岡西日本は、マラソンランナーの仲間入りを果たす原点」と森下さん。現在コーチとして後進を指導しており、「地獄を見ることを覚悟し、思い切って飛び出してもいい。成功体験を積み重ね、ステップアップしてほしい」と若手選手を激励している。

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